乃凪にとって誕生日なんてものは、ここ何年も代わり映えのしないものだった。
仲のいい友人に祝いの言葉とプレゼントをもらい、家では好物とケーキを食べ、親から誕生祝いをもらう。特別だというのならその程度で、ほかは日常と変わりない。いつものように沢登は舞うし、内沼は暴言を吐く。
今年も春までは、そうであると何とはなしに思っていた。
特に何が変わるでもない。
そう、思っていたのだ。
今年の春、彼女と知り合うまでは。
仲のいい友人に祝いの言葉とプレゼントをもらい、家では好物とケーキを食べ、親から誕生祝いをもらう。特別だというのならその程度で、ほかは日常と変わりない。いつものように沢登は舞うし、内沼は暴言を吐く。
今年も春までは、そうであると何とはなしに思っていた。
特に何が変わるでもない。
そう、思っていたのだ。
今年の春、彼女と知り合うまでは。
「お誕生日おめでとうございます、範尚先輩」
亜貴が微笑んで、手の上に乗せたものを乃凪へと差し出してきた。
10月7日。
今年の誕生日は日曜日で、家族以外から祝われることはないと思っていたのだけれど。
『10月の最初の日曜日、お時間ありますか?』
一緒に帰ることが当たり前になった二学期のある日、そう亜貴は切り出した。
好んで誰かと遊ぶということをしないから、休日の時間はたくさんあまっている。ただそれは、あるひとつの懸念事項さえクリアできればの話だ。乃凪は正直にそれを口にする。
『沢登の呼び出しさえなければ、時間はあるけど…』
『そうですか』
にこりと笑って、亜貴は答える。
『じゃあ、約束です。風紀がなかったら、家に来てくださいね?』
『……え、君の家に?』
『はい』
にこにこと言う亜貴の真意がそのときは掴めなかったが、カレンダーを確認して顔に血がのぼるのがわかった。
(10月の第一日曜って…)
自分の誕生日だと気づいて、入れ知恵したのはきっと内沼だろうと見当をつける。怒るのも感謝するのも違う気がして、次の日はどうということもない顔をして過ごした。にやにやと笑う内沼が気持ち悪かったが、それでも一言でも言ったら負けのような気がしたのだ。
そして迎えた今日。
いつも通りを装って彼女の家に向かえば、満面の笑みで亜貴は乃凪を迎え入れる。
他にも誰かがいるのかもしれないと玄関の靴を見るが、亜貴以外はいないようだった。今までの経験上、邪魔されるのがオチだと思ってきたが、その心配はいらないらしい。
台所から続く部屋に通されて、亜貴がその手に小さな包みを乗せて照れたようにはにかむ。
「プレゼント、何にしようか迷ったんですけど…」
「開けていい?」
頬を染めて頷く亜貴に笑いかけて、乃凪は包装紙を丁寧に開く。
包みの中から出てきたのは、携帯ストラップだった。高価すぎず、いつでも側にあるものを選んでくれたのが嬉しい。携帯を取り出して、新しく付け替える。
「ありがとう、大事にする」
揺らしてみせると、嬉しそうに亜貴が自分の携帯を乃凪に見えるように掲げてみせた。
「お揃い、なんです。……いつも一緒みたいでいいかなぁって」
照れて俯く亜貴が、どうしようもなくかわいかった。
顔が赤くなる。嬉しくてにやける。そんな表情を見られるわけにはいかなくて、口元を押さえて横を向く。
その行為をどう取ったのか、亜貴が心配げに見上げてきた。
「…あの、嫌だったら、外して、くださいね?」
心細そうにそんなことを言うものだから。
「俺だって君とお揃いなの嬉しいから、外さないよ」
携帯ごと、その小さな手を握る。寄ればいい香りがする。引き寄せられるように彼女を見る。
頬を染めて、嬉しそうなその表情。
「キスしたい」
そう思っただけのはずなのに、思わず口に出していたらしい。
驚いたように亜貴が顔を上げて、まじまじと乃凪の顔を見る。しかし、それもしばらくのことで、耳まで赤くして亜貴は頷いた。
「……いい、ですよ?」
亜貴が膝立ちになってするりと首に腕を回してくれる。乃凪はそれを見上げて、口元に笑みを浮かべた。
「…して?」
「……………ッ!」
今までは自分からばかりだから、一度くらい亜貴から求めてくれてもいいと思っていた。絶好の口実を見つけて、乃凪は亜貴に願い出る。
「今日は俺の誕生日だから。君からして?」
見上げると、言葉に詰まった亜貴が顔を真っ赤に染めている。落ちてくる髪を耳にかけてやって、乃凪はもう一度亜貴に乞う。
「駄目?」
「駄目、じゃない、です…」
ようやく息をすることを思い出したのか、亜貴の胸が上下する。
覚悟を決めたように、亜貴は言う。
「お誕生日、おめでとうございます」
ああ、今日は何て素敵な誕生日だろうか。
閉じた瞳の中、柔らかな感触を唇に認めて、乃凪は喜びに微笑んだ。
2007.10.07up
誕生日だから、これくらい幸せにしてあげてもいいよね!
おめでとう、ナイ!
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2007.10.07‖TAKUYO