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2024.11.22‖
月森×日野



 苛立つのは彼女が自分の中にいるからだ、と気づいて愕然とした。
 いつの間に。どうして。
 そう問うことすら、今さらだった。
 彼女の奏でる音が好きで、彼女の明るい笑顔が好きで、彼女が好きで。
 それなのに、残酷にも時間は止まることをしない。
 気づいたのが遅いとは思わない。彼女と出会ったのが遅いとも思わない。
 それでも。
 それでももう少し一緒にいたい、と願う自分がいて、月森はわずかに眉を寄せた。


* * * * *


「君は相変わらず自己流で弾いているな」
 ヴァイオリンを下ろしながら、苛立つ気持ちを隠さずに、月森は香穂子に告げた。
 コンサートのための練習。ヴァイオリンのパート強化をしたいという香穂子に付き合って出向いた練習室。
 そこに響く音は間違いなく月森自身が認めた音だ。しかし些細なところに綻びがある。素人特有の詰めの甘さ。それを克服するためには誰かに師事しなければいけない、と随分前に月森は香穂子にそう言ったはずだった。師事する先が見つかりづらいようなら紹介もする、という言葉に「考えておく」と香穂子は返してきた。それ以来、この話について言及したことはなかったが、今はどうしても話をしなけれなならなかった。
 時間が、ない。
「君はコンミスなんだろう。甘い考えでは困る。少なくとも、君が今後、真剣に音楽の道を歩くというのなら、きちんとした専門講師に師事すべきだ」
「う…うん、ごめんね」
 月森に倣うようにヴァイオリンを下ろした香穂子の顔が翳る。そうさせているのは自分だという自覚はあった。だが気が急いて言葉を選べない。元来、口の回るタイプではない。他者を傷つけず、自分の意志を伝えることに慣れていない自分が歯がゆかった。今まで、そうしたことに気を払ったこともなかった。だからこそ、苛立つ。
「……………俺も、いつまでも君の練習に付き合えるわけじゃない」
「………!」
 苛立ちまじりに息を吐きながら言った言葉に、香穂子の顔が見る間に歪む。血の気の引いた顔からは、表情という表情が抜け落ちていた。愕然としている香穂子に、月森は動揺する。
 ウィーンへ行くことは、月森の中では動かせない決定事項だった。それは香穂子も知っていて、だからこそこうして厳しい言葉を投げつけているのだ。
 それが彼女のためになるのだと、月森は信じている。
「……そ、そう、だよ…ね……」
 香穂子の声が震える。
 その顔は蒼白で、口元を抑えた指が震えていた。怪訝に思いながら顔をのぞきこむと、そこに見慣れないものを見つけて、月森は目を疑った。
「……香穂子…?」
 呼びかける声がかすれた。
 月森の知っている香穂子は、負けず嫌いで明るくて、いつでも元気で。
 練習に励む姿も、校内を走り回る姿も、今の彼女とは結びつかない。
「ごめ……」
 香穂子は口を覆って息を詰めた。ぽろぽろと、その頬を雫が滑る。
「香穂…」
「…頑張って、ほしいの。月森くんのこと、応援、してるの。……でも、…………」
 行かないで、と声は小さく空気に紛れた。
 月森は息を飲む。
「ごめ…ね……。わかってる。無理だって、知ってるから。だか…ら……」
 ごめんね、と謝罪が繰り返される。月森は涙のわけを知って、苦しくなる反面、喜びすら覚えた。つらいのは、苦しいのは、自分だけではない。想いが通じ合うということがどういうことなのか実感した。近くにいたいと願うのは、お互いに同じなのだ。
 それが嬉しかった。
「香穂子」
 名を呼んで手を伸ばす。涙を拭ってやりながら、その頭を引き寄せる。たいした抵抗もなく、トン、と胸の中に納まった頭を撫でながら、月森は懸命に言葉を探した。
 好きだから、一緒にいたい。
 好きだから、離れたくない。
 けれど、ウィーンへ行くことを諦めることはできなかった。
 でも、それでも、香穂子のことを諦めたわけではない。
「電話もメールも手紙もある。俺たちは離れるけれど、終わるわけじゃない」
 香穂子が涙に濡れた目を上げた。唇が震えながら言葉を紡ぐ。
「……そう、だね」
 それでも不安そうな香穂子に頷いて、低く月森は告げる。
「………音楽を」
 手の中の髪をさらりと撫でる。
 こうして近くで体温を感じることは難しくなるけれど。
「…ヴァイオリンを続けてくれ。そうすれば、きっと会える」
 妙な確信があった。ヴァイオリンロマンスと騒ぎ立てられたからではない。彼女の音を聞けば、すぐにわかる。万人に愛される音だ。だからこそもったいないと思う。誰かに師事すれば、香穂子は素晴らしいヴァイオリニストになる。
 きっと、世界で君と会える。
 だから大丈夫だと、何故だか確信していた。
 何かに突き動かされるように香穂子の額にキスすると、その顔が真っ赤に染まって、月森は愛しさに顔を綻ばせた。



2008.07.18up
月森視点では、どうしても専門的に音楽を見ようとして挫折する。
私には音楽的素養は何ひとつないのですよ…!
日野さんは、月森の前では泣かないような気もするけど、ホントあの別離はつらいと思う。
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2008.07.18‖コルダ:その他
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