ナイ亜貴
「………あ、乃凪先輩…」
掃除当番で焼却炉へと一人でゴミを運んだ帰りのことだった。
亜貴は女子生徒と一緒に歩いている乃凪を見つけた。二人とも楽しそうに笑っている。乃凪は荷物を抱えていて、おそらく女子生徒が持っていた荷物を代わりに持ってあげているのだろうと亜貴は思う。そういう、優しい乃凪が素敵だ。
風紀の活動をしていないときの乃凪は穏やかで物静かだ。
そのギャップがおかしくて、ついその姿を目で追ってしまう。
長くて短くて濃い一ヵ月間は、亜貴と乃凪の距離を近づけた。従兄の内沼を好きだと自覚し、それを相談し、慰められているうちに芽生えた気持ちが恋だとは思わなかった。純粋な憧れを乃凪には抱いていた。乃凪は優しい先輩で、ただそれだけだった。けれど、とても大事な人になっていた。
その矢先に乃凪が転校するのだと、聞いたのだ。
目の前が暗くなった。そんなはずはないだろうと仰ぎ見た乃凪の顔は忘れられない。苦しそうでつらそうで、それなのに何もかもを諦めた目をしていた。
諦められなかったのは、亜貴のほうだ。
嘘だと言ってほしかった。冗談だと笑ってほしくて。
それなのに仕方ないと乃凪は首を振った。
内沼ではないが、首を締め上げてでも否定してほしかったのに。
乃凪はもうすべてを受け入れてしまっていた。
取り乱して嫌だと言ってほしかった。
けれど例えば乃凪がどんなに在学を望んでも、力になれないことが亜貴にはわかっていて、それがひどく歯がゆかった。何も言うことができず、沢登や紺青に連れられてきた内沼がその場を茶化すのを、どこか遠い世界のように見ていた。
思考が停止した。いなくなるなんて、考えたくもなかった。
いなくなる?
誰が?
動かない脳を、無理矢理働かせたのはルカだった。嘘のような力で乃凪と亜貴の姿は入れ替えられ、それからは怒濤のように過ぎた。亜貴は失恋し、乃凪は心情を吐露し、そして。
けれど亜貴が乃凪に抱いた気持ちは憧れだった。
こうなりたいという存在が乃凪だった。
乃凪の優しさは、以前本人が言っていたように逃げなのかもしれない。だが老若男女を問わずそれを発揮できる乃凪はすごいと思うのだ。だからこそ彼には少なくないファンがいる。特に同世代の女の子は誤解をする。優しさを向けられているのが自分だけではないのだろうか、と。
そして亜貴の視線の先には、女子生徒に笑いかけている乃凪がいる。
(………あれ?)
亜貴は胸をおさえる。痛い。
誰にでも優しくしているつもりはないと乃凪は言ったけれど、その親切を優しさと受け取るかどうかは相手次第だ。だから、乃凪に憧れる人がいても不思議ではない。
もちろん、恋心を抱くことも。
どくりと、脈が大きく鳴った。
優しい乃凪が好きなのに、優しくしないでと思ってしまう。
ただの憧れのはずだ。それなのにどうしてこんな気持ちになるのだろう。
亜貴は内心で首をかしげる。
乃凪からは告白めいた言葉をもらっていて、亜貴はただ単純に嬉しかった。
けれど。
頭の中がフルスピードで回転を始める。
言葉をもらった。そして答えを強要しないと乃凪は言った。その答えを乃凪に返さないことで、亜貴は自分が優位にいると思いこみたかったのだ。いつもいつも、縋っているのは亜貴のほうだというのに。
相手がいなくなって困るのは亜貴のほうだ。きっと乃凪は亜貴がいなくなったとしても、うまくやっていける。転校の話に積極的に反対しなかったのがそれを裏づけている。
乃凪は、亜貴がいなくても困らない。
胸が締めつけられる感覚に、亜貴はゴミ箱を握りしめた。
そして気づく。
「そっか、私……」
呆然と、亜貴は乃凪の姿を見つめた。
その姿が見えなくなるまで立ち尽くし、そしてゴミ箱を置き去りにして、弾かれたようにその後を追った。
彼に、気持ちを伝えるために。
亜貴は走る。
2007.09.03up
何気ないところで、大事なものに気づく話が好きなんです…。
使い古したように同じような話を書いていてすみません。
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2007.09.03‖TAKUYO