mikoさまリクエスト
土浦が優しく笙子の手を取る。
お互いに正装をしている。火原や柚木が卒業した今年はコンサートがあったわけではないから、このドレスは後夜祭のためのものだ。土浦が好きだと聞いたから、柔らかな草色をしたドレスを選んだ。
去年と同じように二人でエントランスホールを抜け出し、向かった先はあのときの練習室で、笙子はとてつもなく緊張した。
ちょうど一年前のことが蘇る。
去年は土浦から逃げ回ってばかりいた。自分の気持ちが土浦に向かっていることがわかって避け続けた。叶うはずのない想いを告げてしまったから、恥ずかしくて申し訳なくてどうしようもなくて。
けれど、土浦はそんな笙子を捕まえて言ってくれたのだ。
好きだ、と。
それが今いる練習室で、しかも今と同じ後夜祭の夜だった。
この時間の練習室は暗い。外にある常夜灯の光が、窓から入ってくるだけだ。
「踊ろうか」
暗がりの中で土浦の声がそう言った。繋がれた手が優しく組み替えられた。ダンスを踊るときの手の位置だと気づいて、笙子は狼狽える。
「あ、あの。私……、その…」
「踊れないわけじゃないだろう?」
するりと土浦の腕が腰に回る。引き寄せられて、その胸の中に収まった。ふわりと土浦の香りが鼻をかすめて、笙子は息を詰める。近すぎて、苦しいくらいにドキドキする。
「そんなに赤くなるなよ。つられるだろうが」
耳元で囁かれ、ビクリと肩を揺らすと喉の奥で土浦が笑う。
「ほら、ステップ」
言われて足を踏み出した。
身体が密着して本当はそれどころではないのだけど、新入生のときに習ったダンスを思い出しながら踊る。
土浦のリードは巧みで、けれど緊張に足が縺れる。
カツ、とつま先が引っかかり、笙子はバランスを崩す。
「きゃ…ッ」
そうして倒れこんだ笙子の身体を、容易く土浦は受け止めた。
「…大丈夫か?」
「は、はい…」
身体を支える土浦の腕は逞しくて頼もしい。その腕の中にいるのだと気づいて鼓動が早くなる。苦しくて、もう泣きたい。
遠くでワルツが鳴っている。フロアの騒がしさは一切聞こえてこない。
二人きりなのだと改めて意識してしまい、笙子はより一層赤くなる。身体が熱い。緊張に喉が詰まる。
頭上で土浦が息を吐く音が聞こえた。
どうしたのかと見上げると、土浦は実に複雑そうな顔をしている。目を瞬かせると、その顔がふ、と苦笑に変わった。
「誘ってるわけじゃないんだよな?」
言葉の意味がわからない。
笙子が首を傾げると、腰に回った土浦の腕に力が込められた。苦しいくらいに抱き寄せられる。土浦の胸に顔を押し当てるような体勢になってしまい、笙子は身体を強ばらせた。緊張と狼狽に思考の働かない笙子の耳元で、ドクドクという音が聞こえる。その音の在処は土浦の胸だ。多分、いつもよりも早い鼓動。緊張しているのは自分だけではないとわかり、笙子は身体の力を抜いた。土浦に身体を預ける。
土浦が怖いのは、自分とあまりに違いすぎるからだ。
外見も、内面も、考え方も、全部。
けれど、優しい人だということは知っている。
優しくて、男らしくて、素敵な人だ。
今でも、どうして自分を選んでくれたのか疑問に思うほどに、素敵な人。
そろり、と腕を伸ばす。
その広い背中に腕を回すと、土浦が驚いたように腕の力を弱めた。離れるのがいやで、今度は笙子が腕に力をこめる。
想いを伝えたときにくれた笑顔を、笙子は一生忘れないだろうと思う。
こんなにも、一人の人を思って、胸がいっぱいになるなんて知らなかった。ぎゅ、と抱きつく。
好きという言葉では足りない気がする。もっともっと大きくて、温かくて、大切な感情。これを言葉にできるとは到底思えない。だから抱きついて、少しでも伝えたかった。
土浦が好きだ。もうそれ以外にない。
「せん、ぱい……」
見上げる。
土浦が息をつめた。凝視してくる土浦の様子がおかしいことなど、笙子はわからない。
ただ自分の中がいっぱいで、それ以上は考えられなかった。感情だけが暴走する。言葉がない。目の奥が熱くなって、ぽろりと目尻から雫が落ちた。
「………ッ! 反則だろ、それ」
土浦が悔しそうに呟き、笙子を抱き寄せる。抱き寄せるというには乱暴で、焦っているようでもあった。
「お前が悪いんだからな」
呟くように耳元に声を落とされて、笙子は土浦を見上げた。
すると何かを我慢するような、苦しそうな表情で、噛みつくようにキスをされる。
驚きに目を瞠る笙子の前で、土浦が言う。
「好きな女にそんな顔されて、我慢できるほど、俺は人ができてない」
そしてもう一度、今度はひどく優しく唇が触れた。
笙子は土浦の背に回した腕に力をこめて、強く目を閉じた。
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2007.08.14up
リクエスト5つ目。ネタ提供:mikoさま
土日のダンスシーンのセリフを書き出したものがやっぱり役に立ちませんでした…。
リクエストありがとうございました!
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2007.08.14‖コルダ:土浦×冬海