うまく行ってほしいとは思ってるよ?
思ってるけど、ムカつくもんはムカつくよね。
思ってるけど、ムカつくもんはムカつくよね。
乃凪が学年一位を取ってからというもの、放課後の勉強会は日課になっていた。乃凪を教師に、生徒は従兄妹の亜貴と、そして自分。
内沼は教科書を揃え、いつものように図書室に向かう。
今まで勉強は嫌いだと思ってきた。嫌いなだけだ、決して苦手なわけではない、と。自己弁護をするようだが、小学校では勉強はできる部類だったのだ。労せずテストでいい点数を取っていたから、中学では一切の勉学を放棄し、その結果、高校では赤い文字の入った通知表をもらうことになった。受験をする以上、勉強をしなけばいけないのは重々承知だし、そのために乃凪は時間を割いてくれている。もちろん、ありがたいと思っている。
図書室の扉の前で、内沼は足を止める。
内沼は一見傍若無人に見えるが、その実、人の機微に敏感だ。
だから亜貴が自分のことを好きなのかもしれないと自惚れでなく気づいたとき、正直困惑した。亜貴はかわいい従兄妹で、大事にしてあげたいし、とても好きなのだけど、それは亜貴の求めているものではないと知っていたから。応えられない以上、期待させるのは酷だと思った。そして乃凪が亜貴のことを気に入っているのをいいことに、押しつけるように亜貴を任せてしまって、そこに少しだけ罪悪感を感じている。
もちろん、それを悟られるような馬鹿な真似はしない。
ただ二人にうまくいってほしいと思うのは本当で、だから乃凪を煽ったり、亜貴を焚きつけたりしているわけだ。今日、集合時間に遅れたのだってわざと。少しずつでいい。亜貴が乃凪を受け入れてくれるのなら。
絶対に絶対に、口が裂けても本人の前では言わないけれど、正直乃凪はよくできた男だと思っている。つまらない男だと乃凪本人は自嘲するけれど、面白くもなんともない男をかまうほど内沼はヒマではない。自分の中にはれっきとした判断基準があって、少なくとも乃凪はそのボーダーを越えたのだ。
確かに、初対面の乃凪の印象は悪かった。この上なく悪かった。最低だった。
それでも同じ委員を一年からずっとやってきて、それに加えて去年から同じクラスで、これだけ長い時間を一緒に過ごしているのだから第一印象の『最低』からは脱しているのだ。そうでなければ、同じ委員だろうがなんだろうが、とっくに関わらないという選択肢を選んでいる。
乃凪がその『最低』から這い上がり、自分の中で思った以上の位置を占めているのだと気づいたのは転校するという話を聞いたときだ。最初は何て悪趣味な冗談だと思った。それが本当なのだと理解したくもないのに理解させられて、それで実は少し泣きそうになってしまったなんて、それこそ死んだって言ったりしない。
自分の想いが成就しないことは知っている。だからこそ乃凪には叶えてほしいのだと、そんなことを考えていると知られたらどうなるだろう。
それでも内沼の助成がなかったとしても、多分いい雰囲気になったりしているのだ。
乃凪は亜貴に対して、いい先輩であろうと振る舞っている。三人で勉強会をしていても、微妙に甘い空気が流れることがあって、最近は本当に始末に困る。いい傾向だと思いつつ、それでもイラッとすることは否めない。
ガラ、と扉を開けた。
「ごっめんねー、亜貴ちゃん。ちょっと遅れちゃった〜」
「おい、内沼」
乃凪の声を無視して、内沼は亜貴の隣の席に座った。
「葛ちゃん。今日はどうしたの?」
ノートに向かって鉛筆を走らせていた亜貴が顔を上げて尋ねると、内沼はにっこりと笑って答えた。
「掃除当番でさー」
「ウソつけ!」
「ウソじゃないよー。ノリちゃん、そんなに怒るとハゲるよ?」
「ハゲとか言うな!」
突っこみがズレている。気づいたが内沼はそれには言及しない。
「え? 結局………」
亜貴が真っ当に遅れてきた理由を問いただそうとしたが、それも遮った。
「さて、ノリちゃん。今日は何するのさ」
はあ、と大きくため息をつき、乃凪はがっくりと肩を落とした。
「……………、数学」
「ほいほいっと」
ちらりと横を窺うと、亜貴が乃凪をなぐさめている。教科書を用意しながら、そんな様子を窺ったままでいると、亜貴の髪がさらりと流れた。
(…………ん?)
見間違いかと思い、目をこする。
落ち込んだ乃凪の精神的復活は、最近本当に遅い。精力減退もあながち間違いではないのではないかと思う。
いや、それよりも。
亜貴の耳の裏、ちょうど皮膚が薄くなったそこに、内沼は赤い印を見つける。気にするように、亜貴がそこに触れた。
「……………亜貴ちゃん。どうかしたの、それ」
思わず、口が出ていた。自分は本当に口から先に生まれたんじゃないかと思う。問いかけて、瞬時に後悔した。聞いてどうするのだ。相棒だとかパートナーだとか、不本意ながらいらない腐れ縁を乃凪との間に形成しているが、特にプライベートを知りたいわけではない。できればそんなことは聞きたくない。
「え? ……何が、葛ちゃん?」
意識しているのだろうか。亜貴の声が上ずり、目が泳いだ。耳の後ろに手をやったまま、亜貴は瞬きを繰り返す。
いやまさか、でもそれは。
うまくいってほしいと願ってはいるが。
それは展開が早すぎやしないかと、内沼は思うわけである。
2007.08.06up
華月さま リクエスト
ええとこれ乃凪×亜貴ですかね。内沼の話みたいになっちゃった。てゆーか内沼の話だよ、これ。
リクエストありがとうございました!
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2007.08.06‖TAKUYO