壇ノ浦の海。
黒々と果てしなく続くように見える闇に、ポカリと置き忘れたような月が浮かんでいる。
明日になれば、海戦がはじまる。
熊野を味方に引き入れた源氏が勝つのは明白だ。
気になっているのは、それとは別のこと。
(景時さんは…)
どうするのだろう。
夏の熊野で垣間見えた本音。
月には行けない、と彼は悲しそうに見上げていた。
何かを隠していると、わかっているのに。
それを問いただすことができないまま、明日を迎えてしまいそうだった。
何を隠しているの。
どうして黙っているの。
ただ、それだけが聞きたいのに。
サク、と砂を踏む音に振り返れば、穏やかな翡翠色の目をした人がそこに立っていた。
「どうしたの、望美ちゃん。明日は決戦だよ。もう休まないと……」
「景時、さん」
笑って話しかけるその人が、悲しくて、悔しくて。
泣かない、と歯を食いしばったけれど、視界が滲んだ。どうにか涙を落とすことなく見上げると、そこでやはりその人は穏やかに微笑んでいる。
「怖くなっちゃったのかな? 大丈夫だよ。君は、オレが守るから」
首を振る。
「そんな、じゃないです。怖くなんか、ない」
それよりも、あなたが。
口を開こうとすると、手が伸びてきて頭をくしゃりと撫でられた。
「さすがだなぁ、望美ちゃんは。強いし、カッコいいし、やっぱりオレの憧れだよ」
何度も繰り返される言葉に遮られる。
頭を撫でた手が背に回って、陣中へと促される。
「でも、もう休まないと。明日がつらいよ〜?」
「あの、景時さん!」
「話は、明日ね」
にこりと笑って躱される。
どんなに願っても、私の声はあなたに、とどかない。
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2007.04.04‖その他