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2024.04.20‖
 もともと、そんなに頻繁に顔を合わせていたわけじゃない。
 だから大丈夫だと思ったの。
 会わないでいることなんて、知り合う前は当然だったのに。
 今は、あなたに会うと、どうしたらいいのかわからなくなる。
 会えなくても、あなたを想う。
 そんな自分が怖くて、どうしようもないんです。



「おい、冬海」
 放課後。練習室へ向かう途中で、不機嫌そのものの声に引き止められて血の気が引いた。
 その声の持ち主に引き止められる理由を知っていたから、なおさら。
 振り返れば、そこにはひどく険しい顔をした土浦がいて、笙子は身体を硬直させる。
 避けていた。逃げていた。
 自分が彼のことをどう思っているのか、考えて、考えて、考えて。出た結論に名前をつけることをやめた。そしてできるだけ会わないようにしようと逃げ回った。
 普通科と音楽科、しかも学年も違う。上手に過ごせば、それは難しいことではなかった。
 幸い、文化祭のコンサートでのアンサンブルで同じ曲を弾くことはなくて、だから練習でも頻繁に顔を合わせることもなかったのだけど。
 こんな風に、待ち伏せされてまで交わす言葉があるとは思っていなかった。彼の視界に自分が入っているなんて、考えたこともなくて。
 習性で身体が逃げようとする。
 なのに、声をかけてもらえたことが嬉しくて、心が躍る。
 泣きそうになって、俯いた。そんなのは勝手すぎる。一方的に会わないようにしていたのは自分なのに。
 本当に、嫌な子。
 自己嫌悪に埋まりそうになところを、土浦の不機嫌な声が呼ぶ。
「来い」
 腕を掴まれる。
 森の広場で引き止められたときのように、強く。
 引きずられるようにして、廊下を歩かされる。
「あ、あああ、あのっっ!」
「…………」
 土浦は無言だ。それが怖い。
 大股で歩く土浦の歩幅に、笙子は小走りでついていくのがやっとだ。腕を引く土浦の顔を見上げることができず、ただ俯いて、掴まれた腕を見る。
 大きな手。
 骨張っていて、力強い。がっしりとしたその手から、あの情熱的でどこか憂いを含んだ音が奏でられるのだ。コンクール参加者として引き合わされたときには、思いもしなかった。こんなふうに、構われることが嬉しくなるなんて。
 けれど、今の土浦は怒っているだろう。土浦にはわからない理由で、彼を遠ざけた。
 嫌われるのはいやなくせに、必要以上にそばにいるのがつらかった。逃げてもどうにもならないと知っていたけれど、踏み出す勇気がない。
 そんな自分が嫌いだ。
 しかも、そのせいで土浦は不機嫌になっているのだろう。
 謝らなくてはと思う。けれど何に対してと問われるのが怖い。封じこめようとした感情は、きっと土浦を困らせるだけだろうから。そして、それを自分が口に出せるとも思えなかった。伝えようとして失敗するのが目に見える。
 何もかもがうまくいかない。
 土浦を見ないでいれば、この気持ちも消えるかと思ったのに、ますます胸の内を占めていく。それなのに打ち明けることもできない。
 弱い自分が、本当にいやだ。
 また、泣きそうになって唇をかむ。
 小さく舌打ちの音が聞こえて、身体を竦めた。すると、さらに腕を強く掴まれて空いている練習室に引っ張りこまれた。
 音を立て、ドアが閉められて、やっと腕を解放される。
 鋭い目がこちらを見ている。大きく吐き出された息に身を竦ませると、土浦の顔がいっそう険しくなる。
「どうして避けるんだ」
 核心を、一声で貫かれる。
 低い声。強い口調。
 ビクリ、と身体が震える。
 土浦はドアを塞ぐように、そこに立っていた。
 だが、そうでなくても笙子は逃げられなかっただろう。
 目線一つで縛られる。射竦められて身動きができない。
 のどがからからに干上がって、声も出なかった。代わりのように目から涙がこぼれ落ちる。止めなくちゃと思うのに、意志に反して涙はあとからあとから落ちていく。
「泣くほど、俺が嫌か」
 ため息と一緒に吐き出された言葉に、土浦を見上げる。
 そこにあるのは苦々しい顔で、傷ついているようにも見える。その表情に胸が苦しくなって、首を振った。
「……ちが…い、ます……」
 ごめんなさい、とただ身体を小さくして謝る。
 避けていたのも、逃げ回っていたのも、嫌だからじゃなくて、弱いから。
 そんな顔を、させるためじゃない。
「冬海……」
 困ったような声が上から降る。
 困らせているのは自分だと、わかっていても、涙は止まらない。
「ごめ……なさ……」
「泣くなよ」
 参ったな、という小さな声のあとに、大きな手が不器用に涙を拭っていく。
 その仕草に身体が熱くなったような気がして、身体を固くすると、悪い、と短い謝罪があって手が離れていった。
 釣られるように目を上げると、困ったように笑う土浦がいる。
「じゃあ、何で避けた」
「それ、は……」
 一瞬で、顔が熱くなる。視線をさまよわせて、結局俯いてしまった。靴の先を見つめて、スカートを握りしめる。
「言…、言えません……!」
 力一杯目をつぶる。なんて自分勝手な言い分…! 呆れられてもしかたないとそのまま動かずにいると、はあ、と息を吐く音が頭上で聞こえた。
 やっぱり呆れられてしまったと、涙がこぼれる。
「ああ、もう泣くなって言っただろう」
 苦笑しながら、また大きな手が涙を拭っていく。
「俺が嫌いで逃げてたわけじゃないんだろう? それなら構わないから」
 見上げた土浦は、ばつが悪そうに視線を背けた。その耳がほんのわずか朱に染まっているのを笙子は不思議に思う。
 視線をさまよわせる土浦の横顔に、ああ、やっぱり綺麗な顔立ちをしているなぁと場違いにも考える。ピアノと同じ、情熱的で憂いを秘めた瞳。男らしい容貌と、がっしりとした体格。実は面倒見がよくて優しいと知ったのはつい最近。
 怖くて仕方なかった土浦が、どうしてこんなに気になるようになったのだろう。
 イジめられてつらかったときに、慰めてくれたから?
 森の広場で、困っていたのを助けてくれたから?
 わからないけれど、いつの間にかあなたでいっぱいで。
 自然とことばが口を出ていった。
「………私、先輩が好きです」
「冬海……?」
 土浦が怪訝そうに聞き返してきても、何故だかひどく穏やかな気持ちでそれを受け入れた。
 あなたが好き。
 会わないでいても、逃げ回っていても、わかっていた。
 この気持ちだけは、本当に、本物。



 

2007.04.27up
ウチの冬海ちゃんはよく泣くな……。
こんなに弱い子じゃないと思ってるのに、泣き顔にうろたえる土浦が見たいがばかりに泣かせてしまう。
方向転換したい。
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