「キレイですねー」
音楽準備室の窓から、満開の桜が見えた。
「ん? ああ、そうだな」
楽譜とにらめっこしていた先生が顔を上げて、外を見る。
青い空とピンク色の花びら。
きれいなコントラストに、窓を開ける。
空気が春のかおりをまとっていて、深呼吸をする。
桜と若草のにおいがほんのりと身体に残る。
「来年はお花見に行きたいです」
「今のこれじゃダメか?」
頬杖をつきながら、こちらを見ていた先生が呆れながら言う。
「先生と、出かけたいんです」
お花見なんか、口実。
あと一年。この一年を乗り越えれば、教師と生徒という制約が外れる。
「…わかったよ」
降参、というように先生は両手を上げる。
「絶対ですよ?」
笑ったところで、強い風が窓から吹きこんだ。桜の花びらが舞う。
慌てて窓を閉めたけれど、数枚の花びらが床に散っていた。
先生の机を見ると、厚い本が書類を抑えていて被害はないようだった。
「楽譜とか、飛んでないですよね?」
「ああ」
先生はそう答えて、こちらを見て私を呼んだ。
「日野」
「はい?」
「かがんで」
「え? 花びらつきました?」
やだ、と髪を払う。
けれど先生はちょいちょい、と指を動かしてかがめと言う。
「取れてません? どこですか?」
「ここ」
素直にかがんだところに、キスを一つ落とされる。
「せ……っ!」
「誰も花びらがついたなんて言ってねーだろ」
ははは、と先生が笑う。
「来年までの、契約サインだよ」
静かに言った先生を、私は一生忘れない。
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2007.05.17‖コルダ:金澤×日野