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2024.04.26‖
 彼女の言葉が、忘れられない。



 また冬海に逃げられる日が続いていた。
 ふざけるなと悪態をつきながら、土浦は乱暴に練習室のドアを開ける。
 まだ耳にあの言葉が、声が残っている。
 苛立つのは、その言葉に自分の気持ちを自覚したからだった。嬉しいのか悔しいのかわからない。男から告白しなければいけない、などと古くさいことを言うつもりはないが、自分でも把握しきれなかったことをあの一言で突きつけられたのだ。
 彼女はそのことに、とうに気づいていたというのに。
 こんなことでも勝敗にこだわってしまう自分がおかしかった。
(性分だよな…)
 髪に手をつっこんで苦笑する。
 ただ、受け取った言葉に気持ちを返したいと思うのに、肝心の彼女がそれを許さない。声をかけようとすれば逃げられて、姿を見かけても逃げられる。
 大きくため息をついて、ピアノの蓋を開ける。
 考えてみれば冬海との接点など、学内コンクールとコンサート、この二つしかないのだ。
 コンクール参加者として引き合わされ顔見知りにはなったけれど、お互いの苦手意識からか深くつきあうことをしなかった。
 それを悔いているとか、そういうことではない。
 それなのに冬海に惹かれたということが、何よりも重要だ。
 彼女の音は、澄んで美しく優しい。コンクールで奏でられた音には硬さがあったが、本来の彼女の音はひどく柔らかい。あの耳に心地いい音を、もう随分と聞いていない。
 ピアノの前に座って、鍵盤を叩く。こんな散漫な集中力では練習にならない。彼女が好きだと言っていた曲は、何だっただろうかと思い出す。
 日野に向かってはにかんで、そう、この曲が好きだと。
 旋律をなぞる。指先で奏でる音が、練習室の中に響いた。
 透明でどこまでも明るい曲調、けれどこの歌の歌詞はどこまでも貪欲だ。恥ずかしいくらいに真っ直ぐな歌詞。タイトルまでもが直接的で、こんな気分でもなければ弾かなかった。
(お前がほしい)
 弾きながら鍵盤の並びに目を走らせると、視界の端にドアを縦に走ったガラス。その向こうに細い足が見えた。
 瞬間。
 身体が動いた。
 椅子を蹴倒して立ち上がる。演奏を途中のまま放り出して、走り寄るようにしてドアを開いた。その向こうで驚いた表情をした冬海の腕をつかんで練習室に引きずりこむ。ドアに彼女の身体を押しつけて囲いこむ。脇に突いた腕に怯えて、冬海がビクリと震えた。音を立てて落ちた冬海の荷物にすら、気を払えない。
「勘弁してくれ……」
 冬海の細い肩口に額をつけて、呻いた。
 もう逃げられるのはたくさんだ。
「先、輩……?」
 細い声が冬海の喉から漏れる。
 目を強く閉じる。すぐ近くに冬海の体温と匂いを感じる。
「何で、逃げるんだよ」
「あ、あの……?」
「ここ何日か、お前、俺から逃げてただろう」
 顔を上げれば、うろたえて真っ赤になった顔が目の前にある。
「あ、あの……。えと、すみませ……」
「謝ってほしいわけじゃない」
 謝罪を遮り、細い肩に手をかける。抱きこんで、その軽さに驚いた。
 冬海が、息を飲む音がする。
「頼むから、そういうことするな」
 つらくなるから、とは声に出せなかった。
 言ったら負けたような気がするし、それを口に出したら、冬海はさらに縮こまるのではないかと思った。細く柔らかい身体を抱きしめて、首筋に顔を埋める。
「返事くらい、させてくれ」
 びくりと冬海の身体が震える。胸のあたりに冬海の華奢な手の感触が当たって、身体を引き離そうとしているのだとわかったけれど、よりいっそう腕に力をこめた。離すものか。
 逃げられるのも、離すのも、別の人間に横取りされるのもごめんだ。気持ちは同じ方向を向いている。これ以上、何が必要なのか。
 たった一言、それだけでいいのに。
 その言葉を、冬海の耳元で、小さく囁く。
 冬海にしか聞こえなかっただろう。
 触れている冬海の体温が一瞬で上がって、くたりと膝の力が抜ける。抱きとめるような形でその身体を支えて、もう一度言った。
「お前が、好きだ」
 冬海からの答えはなかった。


 
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