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2024.03.29‖
ヤドリギネタ。
バンビは名無し。



「んだ、ガッコかよ」
 琥一は周囲を見回して眉をしかめた。高校を卒業して、はじめてのクリスマス。彼女が行きたい場所があるというから一も二もなくうなずいたのだが、彼女が琥一を引っ張ってやってきたのは、見慣れた高校のまえだった。学校主催のクリスマスパーティがあるからか、校門付近にはきらびやかな軍団がいて目を奪われる。たった一年前には、あの中に自分もいたのだと思うと、ひどく懐かしく奇妙な気がした。
「わたしたちはこっち!」
 感慨にふける琥一の手を、華奢な手が引いていく。それに任せてついていけば、たどりついたのは高校の敷地にある、あの教会だった。そこは自分と弟の琉夏と、そして今目の前にいる彼女とのはじまりの場所だ。彼女が、自分の告白を受け入れてくれた場所でもある。想い出を重ねていくのにはいい場所だが、クリスマスに来て何をするというのだろう。教会は無人で、ミサはおろか、飾り付けもなにもない。ただ美しいステンドグラスがあるだけだ。
「なにもねぇじゃねぇか」
 だから琥一は、あたりを見回して悪態をついた。すると彼女は小さく笑ってみせる。
「あるよ? ほら」
 彼女が指さしたさきには、教会の鐘楼。見上げればたしかに、そこには何かがぶらさがっている。夕闇に埋もれそうになるそれに目をこらせば、絡まったリボンかなにかが風になびいたのが見えた。
「なんだ、ありゃ?」
「ヤドリギだよ」
「ヤドリギ?」
 琥一の問いに答えた彼女を見下ろすと、にこりと彼女は笑う。
「ね、ちょっと屈んで?」
「はぁ?」
「いいから!」
 ぷ、と頬をふくらめた彼女に押されて琥一が屈みこむと、首に細い腕が回った。なんだ、と身を逸らせる間もなく、くちびるの脇にやわらかくあたたかい何かが触れる。
「………! ちょ、おま……ッ!」
 おどろきに琥一が身体を起こすと、彼女は後ろ手に腕を組んで、照れてはにかんで頬をそめた。うつむきがちな角度が、凶悪的にかわいい。うっと息をのんで、琥一は後退し、教会のとびらに背中をぶつけた。その衝動に我に返る。邪念を払うように首をふり、こころを落ち着けようと目を閉じた。不意打ちに驚きはしたが、自分たちは恋人同士なのだし、キス自体も何度か交わしている。ただ彼女からしかけられるというめずらしさが琥一を慌てさせただけだ。
 息を深く吸って、琥一は目を開ける。
「で、なにがしたいんだよ?」
「なにって、キスしたかったの」
「はぁ?」
 それだけなのに、どうしてこんな場所まできたのだ。キスをしたいだけなら、別にどこだっていいではないか。
 その不審が声に出ていたのだろう。彼女は小さく首をかしげて白い息を吐き出した。
「やっぱり琥一くんは知らないよね?」
「なにをだよ?」
「ヤドリギの伝説」
「はぁ? そんなもん知るか」
 彼女の乙女チックな発言に、琥一は眉を寄せた。睨みをきかせたその顔は、ほかの人が見れば思わず逃げ出してしまいそうにおそろしい顔だったが、彼女は逃げなかった。それどころか、縋るように身体を寄せてくる。
 なんだこの状況、と琥一が内心あわてるのにもかまわず、彼女はこてん、と琥一の胸に頭を預けた。
「あのね、ヤドリギの下でキスすると、ずっと一緒にいられるって言われてるの。わたし、ずっと琥一くんと一緒にいたくて……」
 彼女のことばに、琥一は一瞬かたまった。
 なんだかむずがゆい。しあわせに慣れていないのだ。耳のうしろが、やけに熱い。そんな気恥ずかしさをごまかすために、琥一は大きく息を吐き出して、乱暴にことばを発した。
「…………あのなぁ」
 機嫌が悪いと思ったのか、彼女がちらりとこちらをうかがってくる。上目遣いに、ぐらぐらと感情を揺さぶられて、琥一はうっかり口を滑らせた。
「一緒にいたいならな、こんな伝説だとかに頼んねぇで、俺に直接言えよ」
 牙を鳴らして、琥一は吐き捨てた。怒りがなかったとは言わない。けれど、胸に縋っていた彼女がしょんぼりとうなだれて身体を離すのに、あわてたのは琥一だ。
「そ……、そうだね」
 離れたことでできた隙間を、冬の風が容赦なく吹き抜ける。チッと舌を鳴らして、琥一は細い腕を易々とつかみ、彼女を胸のなかに引き戻した。あたたかさにほっとする。
「違ぇ、そうじゃねぇよ」
「………琥一くん?」
 やわらかな身体を力のかぎり抱きしめて、細い首すじに顔を埋める。不安そうな声に、琥一は囁く声で答えた。
「そんなのがなくたって、俺はお前を離す気なんか、全然ないっつー話だよ」



2010.12.24up

バンビに名前をつけずにずっとやってるんですが、どうにかなるもんですね。
今後も名無しでできるかぎりは行きたいと思います。
ふたりはしあわせになるといいよ!
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2010.12.24‖その他
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