「……あ」
聞こえてくるピアノの音に、笙子は足を止めた。どこからか聞こえてくるのはショパンだ。
情熱的な、けれどどこか緻密で繊細な音が誰のものなのか、笙子にはすぐにわかった。
(……土浦先輩の、音)
笙子はクラリネットを抱く腕に力をこめる。
大きく強面の土浦を、ずっと怖いと思っていた。けれど困っていた笙子を助けてくれた土浦に、その印象は大きく変わった。
それは当然なような気もするし、意外なような気もする。
心に芽生えた感情は、今まで知らなかったものだったから困惑した。
会えることが、言葉を交わすことが、音楽を一緒に奏でることが、構われることが嬉しい。
そんなふうに感じるのは日野に対しても同じだけれど、土浦に対するときには、それに加えてドキドキと胸が高鳴った。
全力疾走したときの鼓動と似ている。しかし泣きそうに嬉しい、というのはどうしてなのだろうかと、笙子は最近ずっと考えている。
土浦が奏でているピアノの音はとても綺麗で、笙子はそれだけで泣きそうになった。
どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
どうしてこんなに土浦のことばかりを考えてしまうのだろう。
笙子はぎゅっと、目を閉じた。
この感情が、どう言われるものなのかはわからない。
けれど。
そう、土浦は自分にとって、とても大事な人になったのだと、それだけは確かだと笙子は瞳を開けた。
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2007.12.14‖コルダ:土浦×冬海