階段を駆け上がって、踊り場で日野がくるりと振り返る。
やわらかにひるがえるスカートに、短すぎるだろうと思う。目のやり場に困る。
「日野、俺はもう若くないんだからさ。いたわれよ、年寄りを」
「怠けすぎなんですよ、先生は」
日野が笑う。それでも踊り場からは動かず、俺を待つ。
一段一段、上がる。
日野に近づいているのだと思うと、何故だか心が躍る。
そういえば、こうして彼女を求めて階段を駆け上がったことがあった。
あれはそう。彼女のヴァイオリンが認められた日。学内コンクールの最終日だ。
踊り場まであと一段、というところで足を止める。
不思議そうに日野がこちらをうかがう。
「先生?」
「お前さんのヴァイオリンがあれば、駆け上がれるのになぁ」
笑う。
あの音色があったから、俺はこの階段を駆け上がったのだ。年甲斐もなく、一直線に。
「どうしてこんなに好きなんだろうな」
何がとも、誰がとも言わない。
けれど伝わっただろう。その証拠に、見上げれば嬉しそうに微笑む日野がいた。
「どうしてでしょうね。私にもわかりません」
頬を染め、はにかんで俯いた日野に、手を伸ばす。
本当は、まだ触れられないのだけど。
触れる。
柔らかな肌の感触。少し上がった体温。愛しい彼女。
自然と身体が動く。
触れるだけの口づけに、ようやく日常が戻る。
「好きだよ、お前さんのヴァイオリン」
日野を追い越し、階段を上がる。
「先生!」
怒ったような、それでいて嬉しそうな叫び声。
いつもに戻って肩越しに笑った。
「あとは卒業までお預けな?」
「セクハラ教師!」
いきり立つ日野から視線を外して、前を向く。触れることができて嬉しいなんて、知られるわけにはいかなくて。
だから、日野とは顔を合わせられない。
こんなににやけてるなんて知られたら、どうしていいのかわからなくなる。
卒業までなんて、我慢できないのは、俺のほう。
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2007.05.17‖コルダ:金澤×日野