君がほしいよ。
「………あれ、寝てる?」
勉強会を提案したのは亜貴だった。了承したのは乃凪で、けれど風紀の集まりのせいで来るのが遅れた。だから乃凪には待たせてしまった自覚があって、仕方がないなと手近な椅子を引いて座る。頬杖をついて、亜貴の寝顔を見た。
いつもキラキラしている瞳が閉じている。それでも元来の顔の造作のよさは損なわれていない。
奇妙な髪型をしていても、その髪は細く柔らかい。それに縁取られた顔は小さくて、肌は白い。微笑めば細められて、優しい光を宿す。亜貴はいつでも明るくてかわいい。
実際、そんな亜貴を気に入るには時間は必要なかった。唯我独尊、傍若無人で手に負えない内沼を、正常に稼働させる唯一の女の子。アレの従妹だというのが信じられないくらい、真面目で一生懸命で。
だから、一人で頑張ろうとするのが余計に目についたのかもしれない。
何もかもを一人で背負おうとして他人に頼ろうとしないのが、見ていて痛々しかった。それに気づいてしまってからは、どうにかして亜貴の役に立ちたくて、乃凪はお節介だとわかりつつ、いろいろ口や手を出してしまったのだ。
本当に、ただの後輩だったのに。
そうして関わるうちに、亜貴が見ている人物にがついた。それがいつも自分の隣にいる我が道を行く男だとわかってからが、つらかった。同時に自分の気持ちにも気づいたからだ。
だから乃凪にとって、ある意味で転校の話は渡りに船だったのだ。
離れれば仲のいい二人を見なくてすむと思った。
離れれば気持ちを捨てられるかもしれないと思った。
離れれば亜貴の中に思い出として一生残れるかもしれないと、そう思った。
(俺も大概、馬鹿だよなぁ…)
苦笑して、乃凪は夏休み前のことを思い出す。
テスト勉強を必死でやって、学年で一位を取って、頑固で融通の利かない祖父を説得して、納得させて、そうして夏休み明けの今もまだこの学校にいる。
亜貴の側にいたくて。
だたそれが叶えばいいと思っていたのに、どんどん欲深くなる。
距離が近づいて、亜貴はこちらを見てくれた。内沼よりも乃凪を選んでくれて、今こうして隣にいてくれる。
それだけで、本当は嬉しいはずなのに。
手を伸ばす。
触れられる距離に亜貴がいる。
手の中で、細い髪がさらりと流れた。
亜貴は起きる気配がない。それならば。
乃凪は躊躇ったように視線を亜貴の寝顔に移し、逡巡した末、諦めたように息を吐く。
ここは校内で、図書館で、本棚を挟んですぐ裏には図書委員もいるのだ。
理性が欲求を押し殺す。そんな自分を笑いながら、亜貴の細い肩を揺らす。
「ほら、依藤さん。起きて」
「……ん。…ない、なぎせんぱ……?」
目をこすり、身体を起こした亜貴に微笑みかけて、ごめんねと謝罪する。
「風紀だったんですよね。大丈夫です。それよりも寝ちゃってすみません」
「いや、ホント遅れてごめん」
隣にいてくれて、微笑んでくれて。
それだけで満足なはずなのに、何かが足りない。
笑って乃凪は亜貴を見る。
目が合って、嬉しそうに微笑む亜貴がかわいくて、どうにかしたくなる。
「依藤さん」
「はい?」
乃凪は亜貴の耳元で小さく囁く。
一瞬で、亜貴の顔に血が昇る。真っ赤になった亜貴の手を握る。
「依藤さんは?」
「………わ、私も、」
高鳴る胸の鼓動が聞こえてしまってもいいから。
その音のボリュームを、もっと上げて。
「先輩が、好きです」
2007.07.20up
乃凪先輩目線ははじめてです。よくわかりません。
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2007.07.20‖TAKUYO