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2024.11.22‖
金澤生誕祭への提出作品



 誕生日なんて、この歳になればどうというものではない。いつもと変わらぬ一日。そこに自分が生まれた、という項目が追加されるだけだ。
 そう思っていたのに、祝われるのが嬉しいものだと気づいたのは、目の前の少女のせいだった。目を閉じ、微笑みながらヴァイオリンを奏でる。わざわざ音楽準備室に出張してまで弾いてくれるのが嬉しくて、金澤は曲が終わると同時に大きく手を打った。
「ブラーヴォ!」
 以前、金澤が好きだと言ったユーモレスク、そして愛の挨拶を奏でた後、Happy Birthday to Youを弾き終えて、香穂子は満面の笑みを見せた。
「お誕生日おめでとうございます。先生」
「ああ、ありがとな」
 告げられた祝いの言葉に照れくさくなりながら、金澤は椅子に座ったまま香穂子を見上げた。その先にある顔は、曲を弾き終えた達成感と、ほんの少しの不満をにじませている。
「……どうしたんだ?」
 不思議に思って尋ねれば、香穂子は拗ねるように口を尖らせた。
「本当は、形に残るようなものをあげたかったんです。でも、残るようなものはダメだって、先生が言うから」
 そう文句を言いながらも、素直に金澤の忠告を聞いた香穂子がかわいくて、金澤は苦笑してみせる。
「いやいや、これで充分だって。つーか、充分すぎるだろ」
 胸に満ちるのは、ひどく穏やかで暖かな感情だ。これを取り戻してくれた香穂子からもらうには、過分すぎるほどのプレゼント。しかし『形』にこだわりのあるらしい香穂子は不満げだ。しゅん、と項垂れてヴァイオリンを握りしめる。
「プレゼント、これだけですみません…」
「どうして謝るんだよ?」
 充分だって言っただろう、と笑う金澤の優しい声に、香穂子はぶんぶんと首を振る。
「だって、一年に一度しかないのに。先生の今年の誕生日は、今日しかないのに。………悔しいです」
 その言葉に金澤は目を見開いて、次の瞬間吹き出した。香穂子がへそを曲げるのは目に見えていて、しかし笑いは止まらない。案の定、頬を膨らませた香穂子に睨まれて、金澤は噎せながら、どうにか笑いを止めた。
「どうして笑うんですか! 私は真剣なのに!」
「どうしてって、お前さん、悔しいって…」
 どこをどうしたら『悔しい』などという言葉が出てくるのか。ヴァイオリンを弾いてもらっただけで満足な金澤とは裏腹な香穂子が、かわいくて愛しくて仕方がない。止めたはずの笑いの発作がよみがえってきて、金澤は慌てて腹筋に力を込めた。ここで笑いはじめたら、完全に香穂子は怒って部屋を飛び出してしまうだろう。
「いやいや。お前さんの心遣いは嬉しいぞ」
「もう! すぐそうやって…! もういいです! 来年……も無理だから、再来年は先生が涙を流して喜ぶような、すっごいプレゼント用意しますから!」
 びしっと指を突きつけて宣言する香穂子の言葉に、今度は息を飲む。
 こんなに嬉しくなるようなことを、何故こうも簡単に、当たり前のことのように口にするのだろう。
 未来の予約に、金澤は小さく首を横に振った。膨れっ面のまま、香穂子が腰に手を当てて尋ねる。
「どうしてですか? ……もしかして、残るようなプレゼントはいらない、とか?」
 自分の言葉にショックを受けたのか、膨れていた頬がみるみるうちに萎んで、泣きそうな顔になる。くるくるとよく変わる表情に、金澤は微笑ましい気分になって、もう一度静かに首を振った。
「違う。お前さんが……」
 そう、彼女がここにいてくれるだけで、自分にとっては最大のプレゼントなのだ。それだけでいいのに、今日はヴァイオリンまで弾いてくれた。それは本当に充分すぎるくらいで。
 金澤が喜びに忍び笑いを漏らすと、香穂子は馬鹿にされているとでも思ったのか、眉を寄せて、乱暴にヴァイオリンをケースに戻した。
「もういいです! 先生なんか知らな……」
「本当に、嬉しいよ」
 勢いよく音楽準備室を飛び出していきそうな香穂子の声を遮って、落ち着いた声で金澤は告げた。
 声に含まれる幸福感を、彼女はわかってくれるだろうか、と金澤は思う。
 以前には考えもしなかった幸せをくれたのは、間違いなく彼女だ。誕生日が嬉しいのだって、彼女がこうして祝ってくれるから。金澤にとって、何より大切なヴァイオリンを弾いてくれるから。そして、側にいてくれるから。
 静かとも取れる金澤の声に振り向いて、そこにある穏やかな笑みを目にして、香穂子は目を瞬かせた。
 金澤は微笑む。
 胸に満ちる想いが彼女だけに向かうものだと、伝わるように。それを言葉では伝えられなくても、何より大事に胸の中にしまっているのだと、知らしめるために。
 香穂子の頬が、少しずつ上気していく。言葉を探す唇は何度も開閉を繰り返して、しかし声が発せられることはない。
 金澤はさらに相好を崩して、穏やかな気持ちのまま香穂子を見た。
 香穂子がいれば、幸せに満ちる。この感情は恋か、それともほかの何かか。わからなくても、暖かな気持ちは金澤を幸福に染めていく。
 その先導は、彼女。
「お前さんがいてくれるだけで、充分だよ」
 その声色に、香穂子は顔を驚きに染めて金澤を見つめている。そのさまを見ながら金澤は笑い、だから、と言葉を続けた。
「形のあるプレゼントは、お前さんだけでいい」
 その意味を深読みした香穂子が、顔を真っ赤にしたのは次の瞬間。
「先生のバカ!」
 パン、といい音を立てながら頬を叩かれる。思いもよらない反撃に、金澤は頬を抑えて笑うしかなかったのである。
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