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2024.11.22‖
東金×八木沢



 もしも。
 万が一。
 仮に。
 ありえないことだけれども。
 仮定のこととして、東金は考える。ばかばかしいと自分でもわかっている。けれど、一度根づいてしまった考えは頭から離れていかなかった。ばかばかしい、とそう間違いなく思っているというのに。
 たとえば。
 そう、たとえば八木沢雪広が異性であったのなら。
 東金は頭が煮えていると自嘲して、ラウンジのテーブルに突っ伏した。


「部長、どうしましたか?」
 突然、ゴンと音を立ててテーブルに顔を伏せた東金に、そばに控えていた芹沢が声をかけた。それに何でもないと手を振って、東金は身体を起こした。椅子の背にふんぞりかえって、値踏みするように芹沢を見る。
 芹沢も気が利くが、八木沢はそれと気づかせずに気を遣える男だ。だから、こちらが気を遣われたのだと気づくのは、すべてが終わったあとだし、そのさりげなさに驚くことになる。
 八木沢が女であったのなら、よき嫁となり、よき母となるだろう。
 今どき、三歩下がって夫を立てる、なんて古風な風習がいいなんて言わないけれど、八木沢は多分そういうたぐいの妻になるに違いなかった。内助の功とはよくいったもので、八木沢がいるというだけで得られる安心感は、内側からしっかりと支えてくれると信じきれるからだろう。
 それはまじめな外見を裏切らず、八木沢が誰に対しても誠実で親切だからだ。控えめながら、すべてを包容できる懐の深さは、大人数兄弟の長子であることに端を発している。面倒見のいい性格は、誰に対しても発揮され、それが東金にはおもしろくない。面倒ごとを抱えて心労が増えるだけではないかと、他人ごとながら嫌になる。それなのに、八木沢にかかる負担は非常に大きいに違いないのに、つらいだとか苦しいだとかの弱音を八木沢の口から聞いたことはなかった。それは八木沢自身がそうすることを決めて、完遂しようとしているからだろう。一見、押しの一手が決まり手になりそうなのに、八木沢は自分で決めたことは頑として譲らない。そんな意志の強さも東金には好ましく映る。
 かといって、まじめ一辺倒なわけでもなく、特に幼少からのつきあいである東金には遠慮のない物言いをする。八木沢の弁論は、まっとうであるがゆえに言い返せない。口で八木沢に勝てるものはほとんどいないだろう。口がうまそうな星奏の副部長も、言葉遊びの好きな土岐も、おそらくあの冥王でさえ。
 そう考えて東金は小さく笑った。
 少々頭の固いきらいはあるものの、まじめゆえのもの知らずさが天然でおもしろい。
 八木沢雪広が異性であったのなら、ものすごく東金の好みだ。すぐにアプローチをかけて、自分のものにしたくなるくらいに好みだ。
 正々堂々とまっすぐに伸びる背筋も、優しげでありながら曲がらない芯の強さも、以外と天然なところも、恋愛には初心ですぐに赤面してしまうのも、八木沢の何もかもが愛しくてかわいい。
「部長、やっぱりおかしいですよ?」
「そんなことはわかってる」
「は?」
 突然笑いだした東金に、芹沢が奇異なものを見るような目つきを向ける。東金は涼しい顔で芹沢を見返して、さらに口角をつり上げた。
 おかしいだなんて、そんなことはわかっている。
 八木沢雪広が異性だったら。
 そんなばかばかしいことを考えるのは、同性では持ちえない感情があることに気づいたからだ。八木沢がかわいくて、愛しくて、できることなら独占したい。友情をはるかに越えて、ひとりよがりでわがままな感情を、世間が何と呼ぶのか東金は知っていた。
(そう、これは恋だ)
 東金は、むしろすっきりとした顔で笑う。
 八木沢が異性であればと夢想することはできても、現実にはならない。それならば、この感情を諦めて捨てるか、それとも道ならぬ道とわかっていて邁進するかの、ふたつにひとつだ。
 諦める、なんて自分には似合わない。東金は件の幼なじみを見つけるために、勢いよく立ち上がった。
「少し出る」
 短く言い捨てて、東金は楽しそうな足取りでラウンジを出る。その後ろ姿を見送りながら、芹沢は諦めの溜め息を吐いた。



大律の同人誌タイトルに触発されて書いたものの、すごく東金が頭のかわいそうな子になってしまった。
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