律×かなで+響也
幼なじみ万歳!
幼なじみ万歳!
「あ、律くん」
学校の森の広場だった。夏のひざしは強く、地面にくっきりと影を刻んでいる。その中でも大きめの木陰に、律はいた。太い木の幹を背に寄りかかり、首がかっくり折れている。そろそろと近寄れば、穏やかな寝息が聞こえてきた。
今日はいくぶん風があるとはいえ、この暑さだ。熱中症になってしまいはしないかと、かなでは心配になる。気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは忍びないが、それよりもこれからのことを考えて、かなでは手を伸ばす。
「律くん、こんなところで寝てたら駄目だよ。倒れちゃうよ、律くん」
ゆさゆさと身体を揺さぶると、ぼんやりと律が目を開けた。体勢も不自然だし、そんなに深く眠っているわけでもなかったのだろう。ほっとしつつ、かなでは律の前に膝をついた。
「お昼寝ならもっと涼しいところ……、学校の中とかのほうが――」
「かなで」
かなでの言葉を遮って、律の口からぽろりと昔の呼び名が出た。
幼いころ、律は響也と同じようにかなでのことを「かなで」と下の名前で呼んでいた。けれど、中学生に上がったくらいだろうか。急に名字で呼ばれるようになったのだ。どうして、と理由を問いただせば、もう中学生だろうと当たり前のように言われて少しさみしかったのを覚えている。ひさしぶりに名前を呼ばれて、妙な気分になる。
律の、ヴァイオリンを弾くきれいな指が、かなでのこめかみから頬をたどる。
「どうした。ひとりで眠れないのか?」
ぼんやりとかすれぎみの声に、寝ぼけているのだとわかったけれど、昔のままの優しい笑顔を向けられてドキドキと胸が高鳴った。
「おいで」
声とともに腕を引かれた。その強さは昔のままではない。とん、と合わさった身体も、昔のような頼りない細さではなかった。細くても、男の人の身体だ。
かあっと血が頭にのぼる。慌てて身体を離そうとするかなでの背を、なだめるように律が撫でる。
「大丈夫だ。俺が、いるから……」
落ち着く声色に、何だか泣きたい気分になって律の胸にすがった。律が一緒にいてくれるだけで、こんなに安心するのに、律はいつもひとりで決めて、ひとりで行ってしまうのだ。もう置いていかないでね、と呟くと、優しく頭を撫でられた。
そして、かなでを抱きかかえたまま、律はまた眠りに落ちていく。その穏やかな寝息と心音を聞きながら、かなでも夢の世界に誘われていく。夏のぬるい風が額を撫でた。ミンミンとうるさく鳴く蝉の声を聞きながら、かなでは幼いころの夢を見る。
「………ッ! おまえら、何してるんだよ!」
覚醒は、怒声によってもたらされた。寝ぼけ眼で声の発生源をたどると、顔を真っ赤にした響也が立っている。
「響也……?」
「「響也……?」じゃねぇよ! おまえら、高校生だってわかってるか!? 幼なじみっつっても、もう子どもじゃねーだろ!」
わあわあと騒がれて、かなでは律の顔を見上げた。思ったよりも近い。顔に血がのぼる。
そうだ。抱きかかえられたまま、眠ってしまった。律とくっついていた部分には、汗がたまっている。制服がぺったりと張りついて気持ちが悪かった。
「あ…。ご、ごめんね、律くん。暑かったよね?」
言いながら慌てて立ち上がれば、律は首を振ってかなでに笑いかけた。
「そんなことはない。懐かしい夢を……、俺たちが小さいころの夢を見た」
「え? 律くんも?」
そんな偶然が、と思いながら聞き返すと、律も立ち上がって膝を払っている最中だった。
「ああ。お前もか、小日向」
「うん」
呼び名は戻ってしまったが、かなでは律と同じ夢を見られたことが嬉しくて、顔をほころばせた。律も笑顔でかなでを見つめ返してくれる。また嬉しくなって、えへへと笑うと、ブツっと何かが切れる音がした。
「〜〜〜ッ! おまえら、俺を無視するな!!!」
響也にさけばれて、ほのぼのとした空気はどこかへ行ってしまったけれど、かなでの心はほわほわと幸せな気分に満ちていた。幸せな気分のまま、律と響也の手を取る。
「ね、喉かわいちゃった。カフェテラスに行こう?」
ふたりを引っ張ると、そうだなと律がうなずいて、響也は渋々一緒に歩いてくれる。昔と変わらないふたりに、かなではとても嬉しくなった。
最近の暑さのなか、外で昼寝したら間違いなく熱中症ですが、創作のことなので深く突っ込まないでください。そう時間の立たないうちに響也が起こしにきてくれたということで。
幼なじみはいいなー。律の天然も、響也の空回りっぷりも大好きです。
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2010.08.06‖コルダ3