B6/36P/¥400/2010.08.13発行
「……あのさ」
「ん?」
季節は移り変わり、秋。
土浦がサッカー部仲間である佐々木と、二年五組の教室で昼食を食べている最中だった。妙に神妙な顔つきで、佐々木は土浦の予想の範疇をはるかに飛び越えた質問を投げかけてきた。
「お前と冬海さんて、付き合ってるの?」
「…………はぁ?」
唐突に、前触れも脈絡もなく佐々木の口から滑り出した問いは、土浦を驚愕させるに十分なものだった。口の中に何もなくてよかった、と土浦はどこか冷静な部分で考えながら、口に運ぶ途中だった箸を下ろす。そして、不審に眉を寄せた。その眉間のしわの深さに、佐々木は取りなすような笑顔を浮かべる。
「いやいや、なんつーの。最近よく一緒にいるじゃん、お前と冬海さん」
「……アンサンブルがあるからな」
土浦は答える。
夏休みを挟み、春の学内コンクールの余韻は冷めたが、日野は早々に新しい話題を運んできた。正確にいえば、アンサンブルコンサートの話を持ち出したのは、学院の卒業生である王崎だ。
元々は王崎がボランティアで演奏を披露するはずだったのだが、海外でのコンクールの出発日と被ってしまったために、キャンセルするよりは代役を立てたいということだった。
驚いたことに、その話を了承したのは、話題にのぼった冬海笙子だ。
たまたま通りかかった日野を誘いはしたものの、そうでなければひとりで演奏する気だったのだろうか。それとも、音楽科の仲のいい生徒とアンサンブルを組むつもりだったのか。教会のコンサートが終わった今となっては仮定の話になるが、あの引っこみ思案で臆病な冬海がその話を受けた、ということは、土浦をひどく驚かせた。
その姿を見ていた土浦は、創立祭にまたアンサンブルを組むという話を聞いて、むしろ率先して手を挙げたのである。積極的な土浦に驚いたのは、天羽や日野だけでなく冬海もだ。心外ではあるが、当然の反応なのかもしれない。
それまで音楽科というだけで敵視し、コンクール自体にも協力的ではなかった自分を思い出して、土浦はひとり頷く。あのころのままの自分だったら、確かにアンサンブルに協力することなどなかっただろう。
だが、今は音楽に――とりわけ大人数で演奏する音楽に関心がある。
今までひとりで鬱々と弾き続けてきたからか。それとも自身の楽器がピアノだからか。多彩な音色が絡む様子は、土浦の興味を引いた。そしてアンサンブルに参加してみれば予想以上に楽しく、土浦を熱中させた。だから偶然とはいえ、アンサンブルを引き受けた冬海には感謝している。
それに、以前ほど冬海を苦手だと感じる機会も減っていた。
初対面のときには、一目見ただけで苦手なタイプだと脊髄で感じ取った。小さくて細くてびくびくしていて、たとえるなら小動物のようだった。土浦は猫と犬なら犬が好きだし、小型犬と大型犬なら、絶対に大型犬がいい。小さいものは、力の加減がわからず、触れるのが怖いのだ。力いっぱい握りしめたら、そのまま握り潰してしまうんじゃないかと思う。幼いころから体格に恵まれたせいでそういう想像をしてしまうのだが、あながち間違ってもいないのではないか。あの細い指も、首も、うっかりすれば折ってしまいそうだと、冬海を目の前にすればいつも考える。
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2010.08.13‖offline