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2018.08.15‖
※閲覧注意※ ダブルパロ。土浦は20代半ばくらいを想像。



 土浦梁太郎は、大きく息を吐き出した。自分の部屋にそぐわない『それ』を持て余しているからだった。
 数時間前、一人暮らしをしている土浦の家の前まで『それ』を引き連れてやってきたのは、幼いころに通っていた楽器店の店主だった。久しぶりに会った店主は、記憶よりも老けていたが、気のよさは変わらない様子だった。店主とは親子ほど歳が離れており、本物の親子のような関係を築いていた。土浦にしてみればかわいがってもらった恩もあることだし、店主の頼みを引き受けることはやぶさかではないのだが、『それ』の扱いかたなど、一切知らず、困り果てていたのだ。
 観葉少女(プランツ・ドール)——金持ちの道楽のための「生きる人形」。
 土浦が知っているのは『それ』の総称としての名前程度で、『それ』が何を肥料として育つのか、どういう世話が必要なのか、そういった知識はまったくない。『それ』自体が高額で、目の飛び出るような値段であるという噂はまことしやかに囁かれているものの、一般市民の土浦にしてみれば関係のないことのはずであった。
 そう、『それ』がこうして目の前にいる、この事実がなければ。
「ったく、南さん、どこでこんなの手に入れたんだよ」
 頭を掻きむしりながら悪態を吐く。口にしては悪いが、店主にはこんなものを買える甲斐性も、悪事を働いてこれを手に入れる気概もない。はー、と大きく息を吐き出して、土浦は改めて『それ』を見た。
 観葉少女という名の示すとおり、少女のかたちをした『それ』は整った造形をしていた。到底植物だとは信じがたい肌は、真珠色につやめいて目を奪う。曲線を描く輪郭を覆う髪は、肩につかない程度で切り揃えられていて、ふんわりとやわらかに頬にかかっている。目鼻立ちは庇護欲をそそるような幼さを残しながら、同時に触れてはいけないと思わせる不可侵の神聖さがうっすらと漂っていた。それは、言ってみれば処女性による近寄りがたさなのかもしれない。その証拠に、身につけたドレスは白く、どこまでも人形の汚れなさを強調している。
 『それ』は部屋の真ん中に置かれた椅子に座ったまま動かない。どこかおどおどとしている人形の目は黒めがちで大きく、涙に潤んで煌めいていた。伏し目がちになりながらもこちらを見つめてくる瞳に、自分が映り込んでいることが妙に気恥ずかしく、土浦は視線を逸らす。
「あー、どうするかな…」
 土浦がぼやくのも仕方のないことではあった。人形遊びや園芸など、土浦の趣味ではないのだ。だが、押しつけられたかたちとはいえ預かってしまった手前、枯らしてしまうのも申し訳ない。何故と言って、これは金持ちの道楽に使用される、それはそれは高価な人形なのだ。
 土浦は深く項垂れて、そしてのろのろと首を上げた。視線の先には、先ほどから何の動きも見せない観葉少女が佇んでいる。
 店主曰く、名前は笙子。呼べば反応するらしい。土浦が頼まれたのは、これに一日三回人肌に温めたミルクを与えるだけの、簡単な世話である。すでに目覚めている状態だから、トイレも着替えも入浴も自分でできる、とそう言っていた。面倒をみるのはこれから三か月。ほとんどしゃべらないことを覗けば、人間の少女を預かっているのと変わりないと頭を抱えながら、土浦は一応の面倒をみることにしたのである。


* * * * *


 観葉少女が土浦のもとにやってきて二週間。土浦は非常に焦っていた。人形は土浦に引き取られてから、一度もミルクを飲まないのである。
 初日は植物も緊張するのかと気楽に考えていた。二日目には飲まないのなら仕方ないと思い、五日目には不安になった。七日目には植物がミルクなどを摂取するのが間違っているのかと思い調べたが間違いはなく、十日目にはどうしようもなくなって世話を放棄した。
 そして、人形は眠りから覚めなくなった。
 そこにいたって、初めて土浦はまずい、と焦りを覚えたのである。
 記憶をたどると、人形はここへ来た日から徐々に変質していっていた。つやめいていた肌にはもはや張りはなく、やわらかだった髪はぱさぱさに乱れ、ほんのり桜色だった爪も割れている。大きな目のまわりは落ちくぼみ、あきらかに人で言うところの病気である。元の造作がいいだけに、やつれたさまは痛々しい。
 土浦は観葉少女の世話の仕方について調べたときに控えてあった取扱店へ、観葉少女を連れて行くことを決心した。もう自力でどうにかするのは無理だと考えたのだ。
 観葉少女は自力で歩くことをせず、土浦は仕方なく両腕に人形を抱えようとする。観葉少女は抱え上げるときに目を開いたものの、そこには生気がなかった。土浦は苦々しい気分になって眉間にしわを刻む。それに怯えたように観葉少女は一瞬抵抗を見せたが、力のない抵抗に効果はない。そのうち観葉少女は糸が切れた凧ようにふつりと意識を失って、土浦はますます自己嫌悪に陥った。
 植物であろうと動物であろうと、栄養を摂取しなければ息絶えるのは当然だ。ミルクが観葉少女の主食だということは確かだった。それを飲まないでいるということは、生物としての本能に逆らっている。土浦はその原因を取り除いてやらなければならなかったのだ。それなのに少女趣味な観葉少女に、我関せずな態度を取ってしまった。気後れしていたのだ。自分には似合わない存在が部屋にいることを許容しているだけで十分だろうと、勝手に自己弁護をしていたのだ。
 そうではない、と気づくのが遅すぎた。抱き上げた人形は極端に軽くて、土浦は罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。
 観葉少女を店主の置いていった絹のシーツに包んで、慎重に運ぶ。知り合いに見られたら体裁が悪いだとか、いい大人が人形を抱きかかえている不自然さを取り繕う気はもうなかった。
 そしてたどりついた街に一件しかない観葉少女の取扱店は、予想以上にこじんまりとしていてうさんくさい。しかし道に面したショーウインドウには、自分が抱きかかえている人形と似たようなものが一体椅子に座らされていた。目を引く赤毛で目を閉じている姿は、眠り姫のようだ。自分が抱えている観葉少女と、ショーウインドウに飾られている観葉少女は同じものだというのに、あまりに違いすぎた。土浦の家にやってきたときにはショーウインドウの少女と同じように美しく光輝いていたのに、もはや見る影もない。そうさせたのは自分だという後ろめたさに、土浦は店へ入ることを一瞬ためらった。だが、もはや自分で問題を解決することは不可能だ。土浦は意を決して店のドアを潜る。
 カランカラン、とドアにつけられたベルが鳴ると、部屋の中央にいた黒尽くめの男が振り返った。
「………」
 その男は赤い瞳を細めて、土浦を不躾に眺め回した。そして視線を土浦の腕へ滑らせると、眉間に深いしわを刻む。
「『それ』はどうしたのかね」
「………ミルクを、飲まなくて」
 土浦はどう言うべきか迷って、結局そう口にした。理由などわかりはしない。言われたとおりに人肌に温めたミルクを出したのに、観葉少女は一度たりとも口をつけなかった。だから、事実を述べるしかなかった。かすれた土浦の声に、男は片手で椅子を示した。示されるがままに椅子へ腰を下ろし、両腕を差し出してきた男に観葉少女を預ける。男もその軽さに一瞬目を瞠って、小さく嘆息した。
「失礼だが、これにどういった世話を?」
「その……、それは人からの預かりもので、人形と一緒にもらったミルクを人肌に温めて、カップに入れて与えてた」
「………それだけかね?」
「ああ」
 それ以上を気のいい店主は言わなかったし、土浦にも知識はない。
 男は観葉少女の頬を撫で、髪を撫で、そうとわからぬほどわずかに顔を歪めた。
「不憫だな」
 低くぽつりと呟かれた言葉に、土浦は苛立って顔を上げた。
「俺は言われたとおりにしただけだ。何が不憫なんだ。出されたものを飲まないのは、人形の勝手だろう!」
 ドン、と応接セットのテーブルを叩き付ける土浦に、男は静かな目を向ける。
「これの養分は、ミルクだけでないと知っているか?」
「は?」
「これには、愛情が必要だ」
「はぁ?」
 土浦の呆れたような声に、男は眠り続けている観葉少女をゆっくりと撫でている。その仕草に心が粟立った。それに触れるな、と思わず叫び出してしまいそうなのを抑えて男を睨みつける。
「馬鹿馬鹿しいと思うのは勝手だが、事実なのだから仕方がない。それで、君はこれの世話に困って駆け込んできたのか? もちろん、こちらで預かることは可能だ。さて、どうするつもりだね?」
 畳み掛けられるように告げられて、土浦は憤りに席を立つ。男に見下されていることと、男の腕の中に観葉少女がいることに不快感が募って堪えきれない。
「お前なんかに預けられるか!」
「そうか、持ち帰るのだな。……そうだな、これを持っていくといい」
 思わず叫んでしまった土浦の暴言に気を悪くした様子のない男は、腕の中に抱えていた観葉少女をあっさりと土浦の腕の中に戻した。呆気に取られる土浦の目の前で、男は大きな袋を取り出して、その中にぽんぽんと物を放り込んでいく。
「これがミルクだ。市販のものよりも栄養価が高い。ドールの主食だ。それから、これが砂糖菓子。週に一度与えれば色つやが保たれる。それから合成肥料。それは養分が欠如してしまっているから、ミルクに溶かして毎日与えるといい」
 ずっしりと重くなった袋を土浦の手に握らせて、男は先立ってドアを開いた。
「それらはサービスでくれてやろう。ドールの状態が悪すぎるからな。いいか、ドールには愛情が必要不可欠だ。名を呼び、ミルクを温め、優しく語りかけて、大事に大事に慈しんでやるといい。そうすればドールは枯れることなく生き続ける。そのうち、君にも笑いかけるかもな」
 怪訝そうに眉をしかめる土浦を、どこか楽しそうに見遣って、男はドアマンよろしく慇懃に頭を下げた。
「またの起こしが、ないことを」


* * * * *


 うまく乗せられた、と思いつつ、土浦は男にもらったミルクを人肌に温める。男の態度に腹が立たないわけでも、言われたとおりにすることに反発がないわけでもないのだが、あちらは観葉少女のプロである。男の助言に従って合成肥料をミルクに溶かし込む。合成肥料は温かいミルクにすぐに溶け、乳白色だった色は淡いピンクに変化して、一層甘いにおいが立ちのぼった。
 それを真っ白なカップに注ぎ、座らせた観葉少女の前に置いて、土浦自身もその正面に腰を下ろした。ゆらゆらと立ちのぼる湯気のむこうで、長いまつげが揺れている。
「……あいつの言うとおりなのがムカつくけど、俺、お前の名前も呼んだことないんだよな」
 ごめんな、とそう謝りながら、土浦は丸みを帯びた頬に指を伸ばす。はじめて触れた肌は、見た目のとおりにかさかさで胸が詰まる。本当は、こんなふうに触れたら壊れてしまうんじゃないかと恐れていたのだ。けれど、触れても観葉少女は壊れたりはしない。
 だが、砂糖菓子でできているような人形は、見た目どおりに儚くて、あっという間に朽ち果てようとしている。未だかたちを保って佇んでいる観葉少女を見つめながら、土浦は生き返ってほしいと願う。自分勝手で申し訳ないけれど、心の底から彼女の目がもう一度見たいと思った。
 琥珀色に濡れて心配そうに揺れる瞳に、あのとき自分の姿が映り込んだ。彼女を見つめる自分の表情は、まるでいつもの自分とは違っていたのだ。そう、その顔は恋に落ちた瞬間のようで。
 だからこそ遠ざけようとした。できるだけ深く関わらず、早くあの気のいい店主に返したかった。
 でも、もう駄目だ。
「ごめんな」
 指の背で頬をもう一度撫でて、土浦は立ち上がった。部屋の隅で埃を被ったピアノの蓋を開け、和音を抑えた。長い間放置していたけれど、調律が必要なほどではない。指を解しながら苦笑する。
「こんなことなら、まじめに続けとけばよかったな。お前にしてやれることなんて、俺にはこれくらいしかないけど、多分うまく弾けないだろうから大目に見ろよな」
 ブランクはどれほどだろうか、と土浦は鍵盤に指を滑らせながら考えた。昔はショパンやチャイコフスキーが得意だったけれど、今はもう指が動かない。それに彼女は、そんな激しい曲よりも、もっと甘くて優しい曲が好きだろうとモーツァルトを選曲する。かわいらしいメロディが、部屋の中を満たしていく。記憶よりも全然動かない指に悪戦苦闘しながら数曲を弾き終えると、隣に何かの気配を感じた。
「ぉわッ!」
 ちょこん、とすぐ側に移動してきて座り込んでいるのは、今まで動きもしなかった観葉少女だ。キラキラした瞳が、身体をのけぞらせる土浦を見上げている。どぎまぎしながら、土浦はテーブルの上を指差した。
「ミルク、飲むか?」
 こくりと頷いて、彼女はテーブルへ戻ってカップを手に取った。ここに来てから、はじめての動作だ。ほっとしながら見守っていると、観葉少女は赤く小さな唇にカップをつけて、おずおずと煽る。が、すぐにミルクを吐き出した。
「え、何でだよ…! あ、わかった、わかった! すぐにあっためるから、待ってろよ」
 何曲も弾いているうちに、ミルクはすっかり冷めていたのだ。ミルクを温めに台所へ移動するのを、観葉少女にじっと見つめられて、どうにもむずがゆい。土浦はさっさとミルクを温めると、湯気の立ちのぼるカップを彼女の目の前に置いた。
「今度は大丈夫だ。しっかり人肌」
 言い終わると、観葉少女は少し土浦を見遣り、小さく首を傾げた。どうぞ、と手でうながすと、ようやくカップを手に取る。艶を失った唇にカップをつけて、今度は吐き出すことなくミルクを煽った。カップの影に小さな顔は隠れてしまい、見えるのはこくこくとミルクを嚥下していく細くて白い喉だけだ。こんな姿を見たことはなかったな、と土浦は感慨にふける。
 二週間の断食は観葉少女にも堪えたようで、一度もカップから唇を離すことなく彼女はミルクを飲み終えた。ふ、と息を吐き出しながら観葉少女はカップをテーブルの上に置き、そしてやっとミルクを飲んでくれたと安堵する土浦を見つめて、小首を傾げた。
 その瞬間、土浦の世界は一旦停止した。
 観葉少女は土浦に向けて、はじめて笑顔を見せたのだ。それも確かに衝撃の一部ではあったが、それ以上に観葉少女の笑顔はとてつもない破壊力があったのだ。それは辺りがキラキラと輝いている錯覚を与え、観葉少女の周囲に花の幻影が見えるほどであった。少し恥ずかしそうに頬を染め、観葉少女は小首を傾げて笑っていた。その仕草もかわいいのだが、はにかんだ笑顔は満面のそれと違って控えめで、観葉少女自身の性格を反映しているようだった。
 その笑顔に撃沈しながら、土浦はこの観葉少女を預け主であるあの店主から買い取ることは可能だろうか、と本気で考えはじめたのであった。





とうとうやっちゃった!
馬鹿じゃないのーというツッコミはしないでください。自分が一番わかってる。
参考/観葉少女「空をとぶ夢」
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