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2024.11.22‖
東金×八木沢



「逃げるな、ユキ」
 ドン、と重い音を立てて壁に押し当てられた東金の手が、八木沢の進路を絶った。反射的に八木沢が反対側へ逃げようとすれば、東金は同じようにもう片方の手で八木沢の退路を塞ぐ。結果、両側には腕の柵、背には壁、そして正面には迷いのない東金の目があって、逃げ場を失ったことを八木沢は知る。
 焦燥を感じながら、東金の強い口調にこめられた絶対的な響きに、八木沢は目を伏せた。
 本気で押しのければ、東金は八木沢を解放するだろう。だが、そうしてはいけない場面なのだということはわかる。そうすれば、東金は以前と同じように八木沢を扱わなくなるに違いなかった。東金は八木沢に対して一線を引いて、今までどおりの関係ではいられなくなる。
 幼いころからの友情をかけがえなく思っている八木沢に、それは堪えがたかった。
 だが、それ以上に今の状況が堪えられない。
 だから目を逸らした。東金の強い目線は、八木沢の中の何かを暴こうとしているようで震えが走る。八木沢にとって、東金は大事な幼なじみで、友人で、ライバルで、負の感情を抱いたことはない。けれど今は東金が怖かった。
 今、この場で冗談だと一笑に付してくれれば、こんな気持ちから抜け出せるのに、と自分勝手に願う。そんな自分が醜くて、八木沢は眉を寄せ、両の拳を握りしめる。
 いつもの戯れだったはずだ。東金は誰に対しても物怖じしないし尊大だ。けれど、幼なじみである八木沢の前では幾分その尊大さは鳴りを潜め、年相応の生意気さに変わる。東金が自分の前では素を見せてくれるのが八木沢は嬉しかったし、そのことで東金の気が休まるのであれば何よりだとも思っていた。
 昼下がりの菩提樹寮のラウンジにはふたりきりで、だから東金も気を抜いていたのだろう。それは自分もそうだった。至誠館の定期演奏会のための楽譜を広げていれば、あれがいいこれがいいと口を挟んでくる東金がいて、八木沢はそれに相槌を打ちながら話を聞いていた。そのうち飽きたと八木沢の邪魔をしはじめた東金の、過剰に思えるスキンシップも、睦言のような言葉遊びも、いつもどおり。
 だから、その合間に紡がれた言葉など、今日もいつもどおり受け流すか、軽く同意してしまえばよかったのだ。
 そう、昔からの友人として。
 なのにそうできなかったのは、東金の声に宿る響きに驚いたからなのか、自分がそうしたくなかったからなのか。もう、今となってはわからない。
 ただ、八木沢はしくじった、と思った。
 反応を間違えた。東金の声は甘くて、胸がざわめいた。でも、それは表に出してはいけなかった。少なくとも東金に悟られてはいけなかった。隠し通さなくてはいけなかった。
 何を根拠にそう思うのか、理解はできなかったけれど、八木沢はそう確信していた。
「ユキ」
 東金が八木沢を呼ぶ。
 声はいつにない響きをしていて、八木沢は力なく首を振った。
 ああ、やっぱり駄目だ。考えてはいけない。これ以上を、もう。
 自分でもわからない感情が渦巻いている。東金の望む答えもわからない。だって、これは気づいてはいけないものだから。
 理性が警告を鳴らすのに、八木沢はぐっと奥歯を噛み締めた。
 東金が自分を呼ぶのがこんなに嬉しいなんて、気の迷いだ。そうでなくてはいけない、と八木沢は強く念じて顔を上げた。その頬に、東金の手が伸びる。避ける理由もなく、八木沢はそれを受け入れる。今さらでも『いつもどおり』を続けるつもりならば、避けてはいけなかった。喉の奥のかたまりは、何かを訴えようとしているけれど、苦しさなどない振りをする。真っ直ぐに東金を見つめると、彼はほんの少し困った顔をした。
「……違うな。逃げてほしくないのは、俺の勝手だ」
 東金は短く息を吐き出した。困った顔のまま笑って、八木沢の頬に当てた手をするりと滑らせた。骨張った手の感触がもたらす感情に、八木沢はぎくりとする。
「嫌だったら、逃げろ」
 首に、手が触れた。
 背筋が震える。思考がまとまらない。八木沢は息をするのも忘れて、東金の声を聞く。
「そうじゃなかったら、俺はこのままお前を抱きしめるぞ」
 そして、ゆっくりと顔を近づけてくる東金は、真剣そのものの光を目に宿して脅すように告げた。
「さっきの言葉は、冗談なんかじゃない。お前がそんな反応するなら、つけこんでやる」
 それでも、八木沢は動けない。ただ、言葉を紡ぐ東金を視界に捉えているだけだ。流し込まれるように聞こえてくる東金の声を聞いているだけだ。
「でも、今お前が逃げたら、このことはなかったことにする」
 いつもよりも低い声色は、高圧的ではなく、むしろ哀願の響きを帯びている。その響きのまま紡がれた言葉は、だから逃げろ、と言っているように聞こえた。
 そう理解した八木沢は、ひどく悲しい気分になった。どうして、と自問しようにも、感情は散り散りでどこに心を落ち着けたらいいのかもわからない。それでも、一番最初に感じたそれだけは否定しなければと思った。
 なのに、口は勝手に開いて彼の名を呼ぶ。
「……千秋」
 久しぶりに声を出したような気がした。喉はからからに張りついて、うまく息継ぎもできない。八木沢は困惑しながら、茫洋としていた視線を東金に合わせた。
「どっちも嫌だっていったら、君はどうする……?」
 声になったのは、自分でも答えに詰まるような質問だった。一瞬、虚をつかれたような顔をした東金は、呆れた様子を隠さずに低く笑った。笑いながら泣きそうに顔を歪めて、金色の頭を八木沢の肩にもたれかからせた。
「ほんま、ユキは予想外やな。そんなふうに聞かれても、答えられん」
「そうだよね、自分でも呆れるよ。ごめん」
 八木沢が謝罪すれば、東金は頭を預けたまま小さく首を振った。短い髪の毛に首をくすぐられて、妙に胸がざわつく。そんな八木沢を知ってか知らずか、東金は堪忍な、そう呟いて八木沢の身体を抱きしめた。
 近づいた東金の体温に、八木沢は確かに胸が大きく高鳴ったのを感じたのだった。



逃げたい八木沢。
追いきれない東金。
八木沢は対かなでの恋愛に対しても罪悪感みたいなのを感じてるのに、それが同性に向いていると知ったらどうだろうかっていう妄想。
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