お願いだから、疑わないで。
お願いだから、信じて。
私が好きなのは、あなたです。
お願いだから、信じて。
私が好きなのは、あなたです。
「傘がないなら誰かに言えばいいのに」
「………スミマセン」
くすくすと乃凪が笑う。隣で亜貴は身体を縮め、恐縮していた。
同じ傘の下で、お互いの身体が近い。ドキドキしながら亜貴は乃凪を見上げる。思っていたよりも、背が高い。いつもは疲れたように背を丸めているから、本来より小さく見えるのだろうか。たしかに腕や身体は細いかもしれない。けれど、傘を持つ手は骨張っているし、肩幅はしっかりとしている。亜貴が持っている印象よりも、乃凪はよっぽど男の人だった。
「ん?」
視線に気づいたのか、乃凪が亜貴を見る。慌てて視線をそらしてしまって、そんなことをする必要なんかないじゃない、と内心で叫ぶ。身体中の熱が集まったように顔が熱い。
乃凪は、優しい。
苦しくなるくらいに、優しい。
だから、乃凪のようになりたかった。そうすれば内沼に好きになってもらえるんじゃないかと、馬鹿なことを考えた。亜貴が変な変身願望を持っていなければ、乃凪はあんな騒動には巻き込まれずにすんだはずだ。あの事件は、術者のルカのせいだが、当事者の亜貴のせいでもある。亜貴に関わりさえしなければ、乃凪が被害を被ることもなかったのだから。
けれど、乃凪は謝らせてくれない。
お互いさまだと笑って、取り合ってもくれないのだ。
胸の前に抱えた鞄を、ぎゅっと抱き直す。心苦しくて、これが罪悪感なのかほかの感情なのか、もうわからない。
けれど、内沼に失恋したと、それがわかってもそんなにつらくなかったのは、間違いなくこの人が隣にいてくれたからだ。
乃凪が、そばにいてくれたからだ。
亜貴にはそれがもう、わかっている。
内沼が好きだった。でも、それはもう、過去の話なのだ。今でも内沼がとても大事な人であることには変わりない。けれども、それ以上ではない。
何度かそう口にした。
けれど乃凪は、困ったように笑うばかりで亜貴の心を否定するのだ。
乃凪と亜貴は想いが通じ合っているはずなのに、肝心の乃凪がそれを拒否する。これがあの事件の代償なのだとすれば、何てつらい代償なのだろう。
困っていれば助けてくれる。手を差し伸べて、乃凪は亜貴のことを救い上げてくれるのに、最後の最後でどん底に突き落とす。乃凪にはその認識がないから、余計に困る。
優くて、優しすぎて、乃凪は残酷だ。
「はい到着、と」
乃凪の声が聞こえて、はっと顔を上げる。
いつの間にか、亜貴のアパートの前に来ている。傘を差しかけたまま、乃凪がアプローチを抜けて玄関前まで亜貴を促してくれる。
「どうしたの? 悩みごと?」
ずっと俯いて会話のなかった亜貴を心配したのだろう。ひどく心配そうな声で乃凪が尋ねてくる。
「せん、ぱい………」
声がかすれた。顔が歪んだ。笑いたいのに、笑えない。
好き。好き。好きだ。
乃凪のことが、本当に好きだ。
思うだけで幸せで、考えるだけで苦しい。
わかってほしかった。
この胸を占める想いを、知ってほしかった。
「俺でよかったら、話聞くから。いつでも言って?」
頭を撫でられる。大きな手に憎しみさえ抱く。
ぱたりと乾いたコンクリートに涙が落ちた。
「依藤さん?」
もう苦しくて仕方ない。
信じてくれないなら触れないで。
通じない想いなんて、もういらない。
乃凪のシャツを握りしめる。しわになると思ったけれど、離したくなかった。
「じゃあ、今がいいです……」
「今から?」
「………はい」
出口のない想いを、ねえどうか。
あなたに掬いあげてほしいんです。
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2007.06.26‖TAKUYO