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2024.11.22‖
8年後。ヨーロッパ設定。
ヤドリギネタ。



「よう。待ったか?」
 笙子の胸は、ひさしぶりに聞く低い声にどきりと高鳴った。
 期待に胸をふくらませて声の主を見上げると、そこにはずっと心に思い描いて、会いたいと思っていた笑顔があった。うれしさに笙子は声が出せず、大きく首を横にふる。
「悪いな、空港まで迎えに行けなくて」
「い、いいえ! 先輩がお忙しいのは、わかっていたので…」
 笙子と土浦がこうして顔を合わせたのは、実に数年ぶりのことだった。大学卒業後、指揮の経験を積むために土浦はヨーロッパへ渡った。そのときに、笙子も着いていきたいと願わないではなかったが、さまざまな状況がそれを許さなかった。何よりも、土浦自身が生活の安定しない、しかも生活環境の違う海外へ笙子を連れていくことを嫌がったのだ。だから、結局、笙子は土浦と一緒にヨーロッパの地へ渡ることを断念したのである。
 離れている間、ふたりは頻繁にとはいかないものの、連絡を取り合っていた。けれど距離が離れていること、そしてお互いの日常。いろいろな理由で、ふたりはずっと会えないでいた。
 だが、今日このとき。とうとうふたりはヨーロッパの地で再会したのであった。忙しい土浦との待ち合わせは空港ではなく、土浦の住む街にある、こぢんまりとした教会の前だ。門の中心にはヤドリギがかかっていて、教会のなかからは賛美歌が聞こえてくる。日本のお祭りめいた雰囲気は一切なく、静かな祈りに満ちた空間は笙子まで敬虔な気持ちにさせていく。
 土浦はそんな笙子を見下ろして、ほんの少し眉を寄せ、小さく苦笑した。
「お前さ、前からだけど、そういう飲みこみよすぎるところ、絶対損してると思うぜ?」
「え?」
 笙子が目を上げると、土浦はそれに目を合わせて真摯に告げる。
「俺は、早くお前に会いたかった。だから本当は空港まで迎えに行きたかった。……そう言えば、わかるか?」
「………あ」
 土浦は、以前から自分の気持ちをはっきりと口にするほうだったが、こちらへ来ていっそう磨きがかかったのではないか。まっすぐに静かな目で見つめられるのにたえられず、顔を真っ赤にして笙子はうつむいた。心臓がどきどきと音を立てて脈打っている。耳まで熱くて顔を上げられない。
 けれど、土浦のことばには答えたかった。
「わ……私も、会いたかったです……」
「ああ。そう言ってくれたほうが、俺もうれしい」
 つかえながらことばにすると、土浦はうれしそうにうなずいて、笙子の頭をなでた。大きな手の感触は変わらない。変わらないことにほっとして、笙子もようやく微笑んだ。
「……あー、それで、だ」
 めずらしいことに土浦は言いよどみ、視線を泳がせる。首のうしろに手をあてて、聞きづらそうに問う。
「お前、ヤドリギの伝説って知ってるか?」
 唐突にたずねられて、笙子は目をぱちぱちと瞬かせた。ヤドリギというのは、本来、ほかの木の上に育つ植物だが、クリスマスでヤドリギといえばそれをリボンなどで飾りつけたものが一般的だ。つまり笙子たちの頭上、教会の門に飾られているものをさす。
 その伝説、と考えてみたが、笙子には心当たりがなかった。日本でクリスマスといえば、宗教的な意味合いはほぼない。それでも笙子はクリスマスの教会の雰囲気が好きでよく足を運んだし、海外への旅行も何度かしている。それにクラシックの作曲家はヨーロッパ出身者がばかりなのだ。文化を知るために勉強もたくさんしたし、触れる機会も多かった。そんな笙子も知らない伝説を持ち出されて、小さく首を傾げる。
「ええと…、……あの。すみません…。わからないです」
 こんなことも知らないのかと呆れられたらどうしよう、と笙子はおそるおそる口にしたのだが、その眼前で土浦は落胆に肩を落とした。
「あー、……まじか。お前なら知ってるかもと思ったのに…。いや、そんな都合いいことないよな。そうだよな。……はぁ」
 ひとり言のように早口で呟いて、土浦はがりがりと頭を乱暴にかいた。自分を落ち着かせるためなのか、大きく深呼吸をして、まっすぐに笙子を見つめる。
「……え? あ、あの……?」
 あまりにまっすぐな視線にうろたえて後退さると、逃さないというように腕をつかまれる。大きく震えた笙子をはなさず、土浦はゆっくりと告げた。
「ヤドリギの下でキスしたら、そのふたりは永遠に結ばれて別れないんだそうだ」
 土浦の低い声は緊張をはらんでいて、笙子は驚きに顔を上げた。ことばの意味の半分も理解できない。ただ、ひどく大事なことを言われているのだということは、土浦の真剣な表情からうかがえる。 
「俺は、これからずっと、お前と一緒にいたい」
 時間が止まってしまったかのような静寂のなかで、じっと土浦は笙子を見つめてくる。これからずっと土浦と一緒にいる、ということばだけが、笙子のこころのなかに強く残った。だから、そのことばの意味を一生懸命に考える。ことばがようやく脳へ回って、笙子が答えをはじき出そうとした瞬間を狙ったように、土浦からまた白い息が吐き出された。
「キスしていいか?」
 静かにたずねる声に、笙子はやっと理解した。普段ならきっと恥ずかしさに真っ赤になってしまうところだろう。けれど、それより前にこみあげてきたのはよろこびで、涙が視界をおおう。頬をひとすじ静かに流れた涙をぬぐって、土浦は甘く笑った。
「ふたりで、しあわせになろう」
「………はい」
 泣きながら、かすれた声でうなずいた笙子に、土浦は長く触れるだけのキスをした。



2010.12.24up
プロポーズ!プロポーズ!!!
このあとの展開を考えたんですけども、こんな会話しか思い浮かばなかった。

「悪い。今日の予定、全部キャンセルしてもいいか?」
「え?」
「我慢できそうにない」

みたいな。長年離れてたのもあって我慢できなくなった土浦が家に連れこんで、冬海ちゃんにあんなことやこんなことをするのがいいと思います。
こんなにがっついてるのに、ベッドに着いたら冬海ちゃんに合わせてゆっくり手順を踏む土浦が萌えです。
そんな年内最後の妄想でした(笑)。
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