月森×日野
君の、音楽が好きだ。
君の、奏でるヴァイオリンが。
君の、指が紡いでいく曲が。
君の、その美しい、音が。
* * * * *
「月森くん?」
急速に、声に引き戻された。
考えに耽った月森の顔を、香穂子が覗きこんでいる。
「どうかした? また難しい顔してる」
眉間を指差されて、自覚のなかった月森は、一層眉間のしわを深くした。
「ホラ、また」
くすくすと笑って、香穂子はヴァイオリンを構え直した。
「どこかおかしかった? それとも解釈が嫌いだったとか?」
「いや……、そういうわけではないんだが」
「そう、珍しいね」
まさか音に聞き惚れていたと素直に言えず言葉を濁した月森に、香穂子は首を傾げる。
そして彼女はヴァイオリンを構え、大きく深呼吸をする。
一瞬の後、彼女の音が空間を支配した。
数ヶ月前まではヴァイオリンに触ったこともなかった普通科の少女の、どこにこんな力が眠っていたのか。
恐ろしいほど美しい音色が響く。
目を閉じて、聞き惚れる。
自分が笑みを浮かべているのに、月森は気づいた。
そう、この音が。
この音こそが、自分を導くもの。
ともに昇りつめるもの。
気高く、甘く、激しく、切なく、感情を揺さぶり、色に満ちる。
世界は美しいのだと、目を開かせてくれた音。
それだけでいいのだ。
たった、それだけで。
自分がいて、彼女がいる。
世界に君と、あと一つ。
そう、彼女が奏でる音があればいい。
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2006.12.08‖コルダ:その他