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2024.11.25‖
東金×八木沢



 友情とは何だろうかと、東金は考える。
 互いに好感を持って成り立つ関係であることは間違いない。
 信頼は当然基礎にあって、一緒にいて気の置けない関係であること、相手の欠点も含めて相手を許容できること、そして相手を尊敬できること。
 八木沢雪広は、東金にとってそういう相手だった。母親同士が仲のよかったことも手伝って、幼いころからの付き合いがある。八木沢は四人兄弟の長子であるせいか、こまごまと気が利き、面倒見がいい。穏やかで優しい性格だが、それに反してアクティブでもあるし、トランペットを吹くための体力作りに長距離を走ることも苦にならない様子である。それに加えて勉強もまじめに取り組み、苦手科目ですら学年で上位という秀才だ。派手さはないが顔のつくりは整っているし、清潔感のある容姿をしていて、躾の行き届いた立ち居振る舞いは老若男女問わずに好印象を与える。幼なじみの真っ直ぐに伸びた背筋には、ときおり目を奪われることすらある。
 誰がどう見ても優等生の八木沢は、東金とは真逆の存在だった。だが、東金にとって、友人は友でありながらライバルだ。相手が自分よりも何かに秀でていなければ、興味も湧かない。自分にないものを持っている、という点では、八木沢は他の誰よりも群を抜いていた。昔なじみの気安さもあって、東金は八木沢を大事に思ってきた。高校生に上がってもそうであったし、おそらくこれからも八木沢は東金の大切な友人であり続けるだろう。
 ただ、そこに友情ではありえない欲心が入り込んできた場合、それは何と呼べばいいのだろうか。菩提樹寮のラウンジで、問題の人物である八木沢を前に東金は思案した。
「お待たせ、千秋。麦茶のおかわりもあるから」
 言いながら、きれいに整えられた指が、ガラスの皿をテーブルの上に置く。その上には、透明の膜の中に色とりどりの餡が包まれている葛饅頭が乗っていた。見た目にも涼しく、つるりとしたのどごしは夏定番の和菓子だ。
「この俺を試食係にするなんて、お前もわかってるな」
 考えることを放棄して東金が菓子楊枝を手に取ると、視線の先で八木沢はにこりと微笑んだ。
「だって、千秋が一番正直に感想をくれるからね」
 発言には全幅の信頼が透けて見えて、東金は満足した。向けられる笑顔は他に向ける慈悲深いものではなく、親愛がにじみでているのにも満足した。八木沢の態度が東金に対してだけ違うというのは、実に心地のいいものだったからだ。
 八木沢は至誠館のメンバーにもひどく懐かれているし、出会ってひと月も立たない星奏のメンバーからも慕われている。それが八木沢の誠実さからくるものだとわかっていても、おもしろくない。出会った年月や過ごした歳月を笠に着るつもりなど毛頭ないが、よくできた幼なじみを誰の目からも隠してしまいたいような気分に襲われるのだ。友情にも独占欲はあるだろうし、目立たない八木沢に人気があるのが悔しいからだという理由もあった。
 とにかく、八木沢を大事にしたいとかそういう風に考えることは、友情でもありうることだ、と東金は自分自身に言い聞かせる。
 考えながら八木沢を見れば、彼はきちんと膝を揃えて東金の前面に座り、自分用に注いできた麦茶を煽っている。こくこくとわずかに動く白い喉に、やけに目が誘われて首を振る。まじまじと見てしまうわけにもいかず、東金は楊枝を葛饅頭にぶすりと刺した。そのまま一口で頬張ると、口の中に甘過ぎずくどすぎず、ほどよい甘さの餡が広がって溶ける。幾度も噛まないうちに喉を通り過ぎていくつるりとした食感に、思わずうまいと呟くと、八木沢のほっとしたような声が耳に届いた。
「それはよかった」
 褒められたことがそんなに嬉しいのかと八木沢を見遣れば、八木沢は本当に嬉しそうに微笑んでいた。目を奪われて逸らせない。息を飲んだ東金に気づかず、八木沢はぽつりと声を落とした。
「ここのところ、千秋に元気がないのが気になっていたから」
「は?」
「ソロの決勝が近いだろう? 少しナーバスになってるのかなって、心配してたんだ。でも千秋は努力家だし、僕は君のヴァイオリンがすごく好きだから」
 大丈夫だよ、と誰もを落ち着かせることのできる声で八木沢は言った。
 だが、東金の胸には後ろめたい気持ちが沸き上がった。ただ純粋に心配してくれている八木沢に、情欲のようなものを抱いていると、そのときはっきりと自覚してしまったからだ。
「当然だろう、馬鹿」
 気持ちを気取られるわけにはいかず、東金はいつもどおり、不敵に笑ってそう返した。
 けれど、きれいな微笑みでそうだよね、と同意してくれる八木沢との関係を、いつか自分が壊してしまうかもしれないと、東金ははじめて考えた。覚えたのは、恐怖だった。




2010.06.11up
もっとセクハラな千秋さまの話のはずでした。
かわいい話が書きたかったよ!
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