B6/26P/¥300/2010.02.07発行
季節が巡って、春がやってきた。
笙子が星奏学院に入って、二度目の春だ。
一年目の春には新生活に慣れる前、右も左もわからない状態で、学内コンクールのメンバーに選出されてしまった。出場を辞退することもできず、あのときはどうして私が、と塞ぎこむことしかできなかったが、今になってみれば、あのことがあったから今の自分になれたのだと胸を張れる。
笙子は、学内コンクールを通じて出会った人たちのおかげで変わることができた。
春のコンクールも、メンバーを同じくして冬に行われたアンサンブルコンサートも、自分自身を見つめ直し、大きく変わるきっかけになったできごとだ。今でも、自分に自信はない。けれど、それでも前を向くことができるようになった。緊張はしても、それに押しつぶされることもなくなった。大人数で演奏する楽しさを知って、今ではオーケストラ部の一員だ。人との会話が苦手だった笙子が、一年前には描きもしなかった未来が、今、手の中にある。
自分を変えたいと強く願ったのは、音楽に対してまっすぐに向き合いたかったからだ。自分の音が『本物』でないことに悩んで、それでもクラリネットを手放すことはできなくて。
けれど音楽は、すべてに平等で優劣はなかった。奏でる音の響きを信じることができるようになって、自分の音も少しは理想に近づけたような気がしている。憧れの音を追い続けることが楽しくなった。音楽を、それまで以上に好きになることができて、これからも大事にしていこうと決意した。後ろばかりを見ていてはいけないと、前を向くことを覚えたのだ。
そして、その広くなった世界の中に、彼がいた。
第一印象は最悪で、見上げるほどに大きな身体も、強面の顔も、威圧的な言葉も、発せられる低い声も、彼のすべて怖かった。笙子の苦手な男の人のイメージを、そのまま形にしたのが彼ーー土浦梁太郎だった。
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2010.02.07‖offline