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2017.10.23‖
ひめひび2
明良×菜々美



「お兄ちゃん。お風呂空いたよー」
 菜々美は髪を乾かしながらリビングにやってきて、明良に呼びかけたが、いつもはある返事がない。ソファの背からは明良の頭が見えている。それならばどうして返事をしてくれないのだろうと不思議に思って回り込んでみれば、明良はソファにもたれかかって眠っていた。
 明良の仕事は激務だ。表側の教師としての顔、そして裏側に隠した査察官としての顔。その両方を、明良はどちらの手を抜くことなく両立させている。それがどんなに大変なのかは、いつも一緒にいる菜々美が一番よくわかっていた。
 それに加えて自分の面倒も見てくれているのだ。先ほどまで明良に家庭教師をしてもらっていたことを思い出して、菜々美は申し訳ない気分になる。こんなふうにソファで眠ってしまうほど疲れているのなら、一言そう言ってくれればいいのに、と小さく息を吐く。
 両親が交通事故でいなくなってから、明良は菜々美を引き取って、それからずっと菜々美の面倒を見てくれている。それこそ過保護なのではないかと思うほど、懸命に、熱心に。以前、そんな明良に自分の時間を持てていないのではないかと尋ねたことがある。そのときには『俺はお前のためにならなんだってできる。だから自分が俺の負担になってるなんて思うんじゃない』とはっきり笑顔で言われてしまった。明良はあまりにはっきりとそう言ったから、その言葉を疑いはしないけれど、もう少し休む時間を多く取ってもいいんじゃないかと菜々美は思っていた。
(やっぱりお兄ちゃん、疲れてるんだよね…)
 ソファで眠っている明良の顔には疲労がにじみ出ていて、起こすのを躊躇ってしまう。けれど、このままでは疲れが取れないだろう。どうしたらいいのか菜々美が迷っていると、身じろぎした明良はソファの肘掛けに頭を乗せて、本格的に身体を横たえてしまった。
 機関の用意してくれる部屋は、いつもそれなりにいい家具が揃っている。このソファも例外ではなく、柔らかすぎないクッションに肌触りのいい布が張られていて、菜々美も雑誌を読みながら微睡んでしまうことがよくあった。明日は休日で、このソファであれば、身体が痛くなることもないだろう。そう判断して、菜々美は毛布を持ってくることにした。日中でも涼しさを感じる今の季節の夜は、予想外に冷え込むことがある。
 持ってきた毛布を明良にかけても、起きる気配はない。よほど疲れが溜まっているのだろうと、菜々美は明良の寝顔を見ながら思う。
 そうしてみてから、ふと気づいた。こんなふうに明良の寝顔を見ることは、滅多にない。明良はいつも菜々美が寝るまで起きていて、起こしに行ってもすぐに目覚める。ずっと一緒に暮らしているというのに、明良のこんなに無防備な姿を見るのは、もしかしたらはじめてかもしれない。
 そういえば、と菜々美ははっとした。
 明良は菜々美の前では弱音を吐かない。明良のつらい部分や弱い部分を、菜々美は知らない。明良は菜々美に、不安や心配を覚えさせることを、一切しない。優しく笑って、菜々美が笑ってくれているのが一番いいと明良は言う。そのための尽力を喜ばなければいけないのだろうが、菜々美は急に悲しくなった。
 もう、ふたりきりの家族なのに。
 苦しいとかつらいとか、言ってくれなければわからないのに。
 泣きつくのはいつも菜々美のほうで、明良が抱えているものを分かち合ったことはない。歳が十も離れているから、明良のことはずっと大人だと思ってきた。でも、大人でも苦しいことがあるのを、もう菜々美は知っている。菜々美を一人残して天城寺学園を去ろうとした明良が、すべてを物語っていた。
 あんな明良は見たことがなかった。心ここにあらずというような明良も、誰かに八つ当たりをする明良も。それらは菜々美が知らない明良の顔だった。いつもはきっちりとしているだけに、その落差が激しくて、菜々美は動揺した。明良が知らない誰かになってしまったような気さえして怖かった。本当にひとりで遠くへ行ってしまうのだと聞いたときに感じた胸の痛みを、明良は知ることがないだろう。
 明良の顔の近くに座り込んで、じっとその顔を見つめた。菜々美が寝不足で、目の下にクマでも作ろうものなら、それだけで学校を休めと言うほどなのに、自分には何の頓着もしない明良の心遣いが嬉しくて寂しい。自分のことももっと大事にしてくれないと困る、と菜々美は思う。
 できることなら、もっと、ずっと一緒にいたい。いつかお互いに大事な人ができて離ればなれになるのだとしても——。
 そう考えると、胸の奥底がチクリと痛んだ。何だろうと首を傾げるが、痛みはチクチクと菜々美を苛むばかりで、答えを導きださない。
 答えを見つけることを諦めて、菜々美は明良の少し血色の悪い顔色を眺めた。そして、その整った顔立ちに小さく息を吐く。意思のはっきりとした瞳は今は閉じられ、普段のストイックな明良からは想像できない、締まりのない寝顔。それでも長い睫毛や高すぎない鼻筋や薄い唇が、バランスよく顔の中に収まっているのは、見間違えようがない。女生徒からの人気が高いのは、この顔立ちのよさが大きな要因だ。だからこそ、菜々美もやっかみを受けることになる。教師と生徒が兄妹であることを贔屓だと言い始めるのは、大抵明良のファンの女生徒だった。
「——…ん」
 明良の軽く開かれた唇から、不明瞭な声が漏れた。菜々美は突然のことに、どきりと心臓が脈打つのを感じた。悪いこともしていないのに、今明良が起きたら何と言おうか必死で考える。しかし、わずかに眠る位置を変えただけで、明良が目覚める気配はない。
 ほっと息を吐いて、菜々美は明良に手を伸ばす。動いたせいで、かけっぱなしだった眼鏡がずれたのに気づいたのだ。明良にはこのまま眠っていてもらうつもりで、眼鏡に手をかけた。つるを持って眼鏡を外し、あらわれた明良の顔に何故か動きが止まる。
 明良が眼鏡をするのは、教卓に立つ間とデスクワークをするときだけだ。普段は素顔でいることのほうが多い。だから、見慣れた顔のはずだった。それなのに、菜々美の視線は明良に引きつけられて、そのまま目を逸らせない。それどころか吸い寄せられて、菜々美は明良の顔を見つめながら顔を寄せていく。
 近すぎる距離に、明良の顔がぼやけた。熱が感じられるほどの距離。寝息が菜々美の肌をかすめる。しっとりと濡れたままの髪が肩を滑って、明良の頬にかかる。くすぐったそうに眉を寄せた明良の頬からそれを払って、菜々美はあたたかな体温に安堵する。そのまま頬に手を添えて、菜々美はゆっくりと顔を伏せた。柔らかな感触が一瞬触れて、菜々美は伏せたときと同じように、おもむろに顔を上げる。
 明良の頬から手を離して、寝顔を見下ろして、菜々美ははっと息を飲んだ。
「………! あ、あれ…?」
 そして思わず声を出した。我に返ると、とんでもないことをしてしまったことに気づく。
(ど…、どうしよ……)
 息を吸って吐いて。
 もう一度明良を窺うが、起きてはいないようで、静かな寝息が続いている。そのことに安堵と妙な落胆を覚えて、菜々美は立ち上がった。自分の心の整理は後からでもできる。それよりも早くこの場を離れなければ。
 慌てながらも明良の毛布を首までかけて、リビングの電気を消した。
「お、おやすみなさい」
 暗闇に一応声をかけ、足早に自分の部屋へと向かう。
 部屋に戻ってドアを閉めると、菜々美の身体はその場にずるずると崩れ落ちた。
 自分がしてしまったことが脳裏によみがえって、顔が赤くなる。それと同時に罪悪感が芽生えて、膝を抱え込んだ。
(どうして、お兄ちゃんにあんなこと…)
 思い出すだけで、熱が上がる。ドキドキとうるさい心臓を止めてしまいたい。
 明良は実の兄だ。間違いなく血のつながった自分の兄妹。それなのに、どうしてあんなことをしてしまったのだろう。いくら考えてもわからなくて、菜々美は首を左右に振った。
 ただ、幸いだったのは明良が起きていないということだ。余程疲れていたのだろう。それならば自分にできるのは、明良にあのことを悟られないようにすることだけだ。
 菜々美はそう決意して、けれど眠ることなどできずに、まんじりともせずに夜明けを迎えた。





2009.07.02up
一方的な恋心。
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