2010.05.02 スパコミペーパーから再録
「ニア、細……」
かなでは、目の前の裸体にぽかんと口を開けた。寮の浴室は明るくて広くて、浴槽も広いから、これなら全然ふたりでも入れるみたいな話をしていたら、いつの間にかこういうことになっていた。
こういうこと、というのは同じ寮生である支倉仁亜と一緒に風呂に入る、ということである。同性同士なのだし、そのこと自体は別にいいのだが、服を着ていても細いニアが服を脱ぐと、さらに細かった。
かなでは自らの腰回りに目を落とし、指で肉をつまんでみた。むに、と擬音が聞こえる気がする。すごく太っているわけではないけれど、それはそれ。かなでだって女子高生だ。モデル体型に憧れるお年頃なのだ。それに限りなく近いニアに、嫉妬のような憧れを抱いてしまうのは仕方がないではないか。
なぜなら対するニアは、無駄な肉など一切なく、細くすっきりとした肢体をしている。それなのに、胸は胸できちんとあるのだ。何だかずるいと思いながら、かなでは大きく息を吐き出した。
「いいなぁ、ニア」
どうしたらそんなに細くなるの、と尋ねると、ニアは小さく笑った。
「食べても太らないんだ」
さらりと言って、ニアはヘアゴムで簡単に髪をまとめた。そして浴槽の中に持っていた濃いピンク色の小さなボールをふたつ落とした。お湯にぷかりと浮かんだそれは、周りの膜を静かに溶かしている。
「それ、何?」
かなでが指をさして尋ねると、ニアは小さく首をかしげた。
「これか? これは入浴剤さ。私には甘すぎる匂いでどうしようかと思っていたんだが、君になら似合うかと思ってな」
「何の匂いなの?」
「さあ? 当ててみるといい」
意味深に微笑んで、ニアはお湯をかき混ぜた。確かに甘い匂いが立ちのぼって、かなでは鼻をうごめかせた。
「あ、わかった! イチゴだ」
「ご名答」
「でも、お腹が空いちゃいそう。ニアは、食べても太らないからいいかもしれないけど…」
かなでが膨れて恨みがましく口にすると、ニアはかなでの頭から足へとじっくり視線を這わせて、楽しそうに目を瞬かせた。
「君は柔らかそうでいいじゃないか」
伸びてきた細い指が、かなでの腹をぷよ、と刺した。
「ほら、やっぱり柔らかい」
「………ッ、ニア!」
かなでが抗議の声を上げると、ニアは声を出して笑う。
「もー! いじわる!」
口を尖らせるかなでに、ニアはまだ笑いながらシャワーを手に取った。
「悪かった。ほら、髪を洗ってやるから機嫌を直せ」
笑いを含む声ではあったが、その提案にかなでは顔をぱあっと明るくした。
「あ、私も私も! 私もニアの髪の毛洗いたい!」
目をきらきら輝かせるかなでの勢いにニアは瞠目して、ついで吹き出す。
「君は本当に予想外だな。人の髪を洗って楽しいか?」
「うん。だって、何だか美容師さんになったみたいで楽しそうじゃない?」
そう口にしながら、かなではニアが示したバスチェアーに腰を下ろす。それからニアの発言を反芻して、かなでは首を捻ってニアを見上げた。
「ニアは私の髪を洗うのも、洗われるのも嫌?」
少しばかり消沈したかなでを見ながら、ニアはシャワーから出るお湯を手のひらに受けて加減を調整している。そして少し考えて、小さく首を振り、にこりと笑う。
「そうだな。これから君の髪を洗えるんだと考えてみると、楽しそうだな」
その笑顔に、かなではちょっとドキドキした。ニアは、よくできたお人形みたいだ。
今は夏なのに真っ白な肌は滑らかだし、今はまとめられてしまっているけど腰まである長い髪はさらさらで涼しげでさえある。
それに身体のバランスもよくて、きっちり八頭身の割合の頭身に、すらりと長い手足。小さな顔の中には、少しつり目の猫みたいな大きな瞳と、形のいい鼻と、瑞々しく赤い唇が、それこそ美術の教科書に載っている彫刻みたいな完璧なバランスで収まっている。
今のように、水を手で受けて目を伏せている様子など、有名な絵画になっていてもいいんじゃないかと思うくらいだ。
見惚れてしまう自分に気づいて、かなでは慌てて顔を正面に戻す。ドキドキして、何だか頬が熱い気もする。頬を手で押さえると、同時にニアの細い指がかなでの髪に触れた。びくり、と身体が震えたのと、お湯が頭に触れたのが同時でよかったと、かなでは胸を撫で下ろした。
「熱かったか?」
「う…ううん、大丈夫。いつもと違って、ちょっとびっくりしただけ」
かなでの言葉に、ニアはそうか、と相槌を打って、かなでの頭を濡らしていく。優しく髪を掻き分けられて、かなではそっと目を閉じる。
ドキドキするのは、きっとニアがきれいすぎるからだ。
そうに違いないと強く頷いて、でもきっとこの甘い甘いイチゴの入浴剤の匂いを嗅ぐたびにドキドキするだろうな、とかなでは思った。
まず裸になることにためらいがないんだって気づいたのは、書き終えてからでした。
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2010.05.28‖コルダ3